姿を消した名づけ師とネコの遺物 2

指針釦ししんのこう……?」


 クミの首の装飾を見つめ、美名がつぶやく。

 神代じんだい遺物いぶつ指針釦ししんのこう

 明良あきらから譲り受けた、「ヒト探し」ができる遺物である。


「ちょっと、美名……。これ、私の首から外して……」

「え……うん……」

「……ありがと。そしたら、中から明良あきらの髪の毛は取ってね。それ、失くさないように!」

「うん」


 言われた通りに、「指針釦」の中身を空にする美名。

 サガンカの大人たちは目の前の状況に何が何やらといった様子で、黙ってふたりを見守ることしかできない。


「……そうしたら美名、この絨毯じゅうたん血糊ちのりが付いてる部分を切ってくれる? 『指針釦』にちょうど入るくらいの大きさに」

「うん」


 クミの友人は腰にいている「かさがたな」を引き抜くと、絨毯を放り上げる。その布が宙を舞っているあいだ、瞬きほどのに、美名は計三回、刀を振り抜いた。

 舞い落ちる絨毯。

 遅れて落ちてきた、小さな布切れ。

 思わずといった様子で、見守る大人たちからは感嘆の声が漏れる。

 布切れを拾い上げながら、美名は「そうか」と声を上げた。

 

「『指針釦』の針でクメン様を探すのね?」

「そうそう」


 美名に合点がいった通り、クミは「指針釦」の特性――対象の身体の一部を内部に収めると、その居場所を針の向きと光の色で示す――を利用して、姿を消した「名づけ師」、クメンの居所を探るつもりなのである。

 だが、真っ先に危惧しているのは――。


「入れたわ」

「うん。……美名、針がクルクルは回ってないよね……?」


 明良から聞いていた、「針の回転」が指し示す事実は――対象者の死亡。


「うん……。回ってはいないわ……」


 遺物を覗き込んでいる美名の返答に、まずは胸を撫で下ろすクミ。

 しかし――。


「というか、これ。上手く動いてないみたい……」

「えっ?!」


 その報告にクミは、「美名のぼり」で彼女の肩口まで来ると、「指針釦」を見下ろす。

 美名が手のひらの上に遺物を乗せたまま、くるり、くるりと装飾物自体を回すのだが、針も一緒に動いていく。針は無為な回転をしてはいないが、のだ。


「ええ……? 『対象の体の一部』って話だったから、『血』でもイケると思ったんだけどなぁ……」

「絨毯の生地が邪魔なんじゃないかな……?」


 何やら事態が滞って来た様子から、サガンカの者たちは美名たちに説明を求めた。

 思惑が外れて少ししおれたクミは、「名づけ師」クメンを探し出すため、遺物の特性を利用しようとしたことを打ち明ける。


「……アレでいけるんじゃないか?」


 小さなアヤカムの思惑を理解した大人のひとりから、声が上がる。


「ホレ、『識者しきしゃ』の……」

「ああ、『潤化じゅんか』かしら?」

「そう、それ」

「……『潤化じゅんか』?」


 首を傾げるクミ。

 ミルザの母が室内に入ってくると、「こっちのほうがいいね」と言って、絨毯の大元を拾い上げる。そうして彼女は、その裏地に平手をかざし、「ナ行・潤化」と詠唱をした。

 彼女は「ナ行識者」の魔名術者だったようだ。

 さて、識者の魔名術を受けた絨毯の裏地。

 美名とクミと、一同が見守る中、その生地に変化が起こってくる。

 いや、「生地」にではなく、正確には、「血糊ちのり」に――。


「うわ……。まるで、今まさに……したたったみたいな……」


 裏地に染みこみ、乾燥し、暗赤色あんせきしょくとなっていた血のあとが、鮮やかな紅色に変わってきたのだ。裏地から浮き上がり、蝋燭の灯りを鮮やかにかえす、真紅の玉雫たましずくとなったのだ。


「……『潤化』は『燥化そうか』と逆で、モノに湿潤しつじゅんを加える魔名術なのよ。ほら、その遺物、貸してみて」


 美名から受け取った「指針釦」の上で、絨毯を傾ける女。

 布の先端から、滴るようにして血の雫が落ち、遺物の内部で跳ねる――。


「あ、光ったよ!」


 美名が声を上げる。

 目線が近いクミも、「指針釦」の変化に気付いている。

 こちらに向いている遺物の上面。その内部の針が、赤く光っていた。

 この赤色は、明良いわく、「対象者が徒歩一日分以内にいる」ことを示す輝き。

 「神代遺物・指針釦」は「名づけ師」の行方を指し示すべく、正常に機能しだしたのだ。


「……よし、クメン様は生きてる! 遠くでもなさそうだわ! 探し出すわよ!」

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