転呼者と復讐者 1

「アキラさんをたばかり、『何処いずこか』に落としたときは、『カ行動力どうりき』の『氷囚ひょうしゅう』と『ラ行波導はどう』の『擬声ぎせい』を使いました」


 去来きょらいの――いや、転呼てんこの大師は、自らの行いを誇るように言い上げる。


「……角猪つのししの襲来は、『使役しえき』は当然のこと、『カ行・氷盾ひょうじゅん』も使いました。角猪をそれで囲い、私が説話に立っている時に溶けきるように、厚さを調整して。あぁ……、『何処か』にアヤカムどもを隠していたのも、当然といえば当然ですね」


 明良は不覚にも、呆然としていた。

 相手が陶酔とうすいとしていたからよかったものの、この瞬間に何をかの魔名術を放たれていたら、直撃に見舞われたであろうほどに気が離れていた。

 大師の暴露に、自らの魔名への理解が一挙に覆されたこともあったが、その呆然自失の大きなもとは――。


(それでは……、動力大師は……? ヒミは……?)


 明良は、先ほどのヒミの謀りは、「使役」によるものだと考えていた。「タ行使役」でヒトを操るなど聞いたこともないが、うろ蜥蜴とかげの使役を可能とする高段の魔名術でヒミも操ったのだと、

 だが、大師を囲った「氷囚」は、自前の魔名術だった。

 「ヒミの語り」は「奏音そうおん」の発展術、「他者の声音を発音する」、『ラ行・擬声ぎせい』が使われていた。

 と、いうことは――。


「……その通りです」


 明良の心中に答えるように、赤毛の大師はわらった。


「ギアガンさんも、その一番弟子も……」


 大師が平手を振る。

 すると、大師の傍に、夜の景色の中にあっても底知れず黒いひずみが現れ、そこからふたつ、が転がり落ちた。

 ドスン、ドスン、と重みのある音で中庭に落下したそれら。

 動きを止めた、それら。

 明良が認めた、それらは――。


うに、死んでいます」


 動力の大師と、コ・ヒミの生首であった。


「……外道がぁッ!!」


 黒髪の少年は叫び、宙に浮かぶシアラ大師に向けて、大窓から蹴り跳んだ。


「……いえ、殺害これは『劫奪こうだつ』魔名術の正道せいどうです」

「黙れぇッ! 幾旅いくたびのたッ……!」


 渾身で剣撃を放とうとした瞬間、明良は自身に迫り来るものの気配を感じ取った。

 真下には、いつの間にか、針の山のような光景が――。


(『使役』かッ?!)


 樹木の枝や根の先が、暗中に鋭く、無数にうごめく。

 それらが一斉に、明良を突き上げようとでもするかのように、襲い来ていたのだ。


「クッ! さえぎりッ!」


 「幾旅金いくたびのかね」の盾で、尖る枝根えだねを切り刻み、防ぐ。


「……下ばかりではないですよ? カ行・氷礫こおりつぶて


 詠唱直後、大師の平手から氷の塊が撃たれる。

 明良は刻んだばかりの枝を蹴りつけると、つぶての飛来とは逆、「智集館ちしゅうかん」の壁側へと身を跳ばした。

 しかし――。


「……カ行・押引おういん

「……ッ?!」

 

 動力により、明良の身体は「戻されて」いく。


「ぐぁッ?!」


 そうして、お互いが引き合うようにして、少年と氷塊とは正面衝突した。

 腹部にめりこむ、動力魔名術のつぶて

 力なく落ちゆく、明良の身体。

 それをむさぼろうとでもするかのように、木々の枝葉が直下で待ち受ける。


「ぅ……ぐぅッ!」


 呼吸も、体勢も整えきれないながらに刀を振り、禽獣きんじゅうあしのような樹木の枝や根を切り払った少年だったが、受け身を取るまでは余裕がなく、その身は中庭の地に無造作に転がり落ちた。


「……カ行・磊牢らいろう

「ッ?!」


 ひれ伏す明良の身体を、すかさず土石が包み込む。

 大師は白い外套衣をはためかせつつ、庭園に降り立った。


「……やはり、動力の『段』ともなると、使い勝手がよいですね」


 五指ごしを閉じつ開きつしながら、暗色の牢獄に歩み寄るシアラ大師。


「『動力』の『大師』ほどの魔名を奪えたのは、まったくの僥倖ぎょうこうでした……。アキラさんもギアガンさんも、情動などと低俗なものに振り回されて……。それが、本来のちからに陰を差すと、どうして判らない……」


 「磊牢」の土壁に静かに手を添えた大師は、ハッと気づいたようになって、跳び退いた。

 直後、大師が手を置いた箇所から、土牢つちろうが裂け崩れる。


「……『石動いするぎ』も破るのか? 『幾旅金いくたびのかね』は……」

「……やはり……な……」


 土砂にまみれながら姿を現した少年の呟きに、シアラ大師は眉根を寄せた。

 明良の疲弊ひへいの色は濃く、立ち姿も震えている。

 だが、その声音の威圧は、むしろ増しているようだった。


「なにが、『転呼てんこ者』だ。『五十音をべる者』だ……。大層なことを言って、笑わせてくれる……」


 青灰色せいはいしょくの瞳が、凛として大師を捉える。


「……貴様の『動力』は、ギアガンにも、ヒミにも、遠く及ばない。貴様の魔名は、少しも居坂いさかに響いちゃいないッ!」

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