気味が悪い林野と少年の問い 1

「お、少年!」


 明良あきらは林の途中で守衛手しゅえいしゅの集団と行き合った。


「……おい、少年?」


 だが、明良は立ち止まることなく、彼らとすれ違う。


「おい、どこ行くんだ?! 角猪つのししの襲来のもとはいいのか?!」


 黒髪の少年は少しだけ逡巡したが、意を決すると、後ろを振り返った。

 足を止めることはなく。


「……ここから町の反対側に動力どうりきの大師がいる! そいつが今回の襲撃にも関わってる!」


 明良の言葉を聞くと、守衛手たちはまず呆然とし、次いで、お互いに目線を交わし、頷き合った。

 そして、誰ひとり欠けることなく、明良のあとを追って駆け出す。

 今や集団の先頭になったような明良は、驚きをもって後続に振り返った。


「『大師』だぞ?! 動力魔名術の筆頭だ! ヤツの平手に晒されたら、命の保証はない!」

「動力の大師だろうが、角猪の群れだろうが、相手など関係ない! 俺たちは希畔の『守衛手』だ!」

「町の守りを担うのが私たちの役目よ!」


 振り返っていた顔を戻し、舌打ちを鳴らす明良だが、それとは別に、込み上げてくるものを堪えきれず、頬が緩んでしまう。


(……コイツらを死なせたくはない。ヤツと俺との、持っていき方次第だ……!)


 重責を感じつつも、後背から離れずに聞こえる駆け音にどこか力づけられる明良だった。


 一行は走った。

 町の煉瓦れんが囲いを抜け、「緊急事態が落ち着いた」意味の、余韻よいんの長い「清鐘せいしょう」が響く町中を抜け、ふたたび煉瓦囲いを抜け、走り続けた。

 向かうは希畔の町の南西――。


「この方角に『洞穴どうけつ』はあるか?!」


 守衛手の長に並んで、明良は訊いた。


「洞穴……。このあたりはしろ軽石かるいしの地盤で、穴ぼこなんぞそこら中にあるぞ」

「……ヒトがふたり、身を隠せるような場所だ。ひとりはとんでもなくデカい。そいつが『小さな洞穴』と言うくらいの大きさだ!」

「ジロウ! 見当はつくか?!」

「……三つ四つ、あります! こっちです!」


 答えた守衛手の者に先頭は交代し、一行は木々深い森を登っていく。

 と、ひとつめの洞穴があった。


「……ここは、違うな……」


 明良は洞穴の外観と、念のため内部を覗き込んで判断する。

 特にこれといった根拠はないのだが、あえて言葉にするなら、この穴には


「……昨日一日、ここらの洞穴ほらあななんぞ真っ先に捜索させたものだがな……」

「ヤツの得意は土石を操る魔名術だ……。身を隠すように地形をいじるくらい、訳ないだろう……。次に案内頼む」


 続けての洞穴に向かう、明良と守衛手集団。

 ずっと聴こえてきていた遠い「清鐘」も、んでいるようだった。希畔はどうやら、平常時に戻ったらしい。

 しばらくして、先頭に立っていた守衛手が、「ン?」と言って立ち止まった。

 彼は動力大師の捜索において、この周辺を担当した者である。


「……どうかしたか? ジロウ?」

「いや……、この辺り、こんな地形だったかと思いまして……」


 明良も周囲を見渡す。


(確かに……。何かおかしいぞ、この一帯……)


 普通の山道である。

 周囲には木が生え、生い茂る葉が頭上にあり、草葉が足元にまとわりつく、普通の山道であった。

 だが、のだ。

 地面に傾斜はほとんどなく、木々の間を抜けるのにも苦労は要らない。明良が注意して観察してみるとそれは、整然と、線をひかれたように木の幹が林立しているためだと知れた。

 まるでこの地が、ヒトを招き入れているかのようである。


(なんだ……? この、違和感だらけの気味の悪さは……)


 生唾を呑み込んだ明良は、辺りに妙にという、もうひとつの違和感にも気が付いた。


「洞穴はこっちです。すぐ近くですよ」

 

 守衛手の声に我を取り戻すと、明良は彼の案内に付き従っていった。


 ふたつめの洞穴も、外観はひとつめと同じ様であった。

 入り口から見える広さもさほどではなさそうである。

 だが、明良は確信した。


「ヤツの気配が……する……」

「……いるのか?」


 開いた洞穴の口の奥から、胸に迫るような圧が漂ってくるのを、黒髪の少年は感じ取った。昨日と一昨日とで目の当たりにした、自らの身も覆われんばかりの存在感――。

 しかしそれは、今まさに動力の大師が内部にいるという気配ではなく、例えるならば残りのようなものであることも、明良は瞬時に悟った。


「いない……が……」


 そう言いながら、明良は洞穴に立ち入っていく。

 守衛手たちも、後に続く。


「あ? 昨日はこんなに奥まってなかったぞ?!」


 この辺りの捜索担当者は驚きの声を上げる。

 奥行きは外観で見るよりもだいぶあった。これならば、ギアガン大師も身を屈めてではあるだろうが、拠点として使えなくもなさそうである。

 事実、洞穴の最奥では、摩耗も劣化もほとんどない、つい近頃まで使われていたであろう簡易鍋と器が転がっていた。

 しかし、それがなおのこと、明良の背筋に冷たいものを走らせる――。


(……たとえ少しの間でも、ここを離れるのであれば、自らの痕跡をこんなふうに残しておくのは危険すぎる。磊落らいらくな性分とはいえ、こんな手落ち、動力の大師ともあろう者が犯すか……? あの細やかそうな女が、それを許すか……?)


「……おい、少年!」


 強い声に明良はハッとする。


「……どうした? 呆然として」


 守衛手の長の声に、黒髪の少年は首を振った。


「いや……、なんでもない」

「動力の大師はここにはいたのかもしれんが、潜伏場所を変えたのかもな……」

「……残りの洞穴も見て回ろう」


 ふたたび、一行は山道を走り出す。


(……どういうことだ? ギアガンは、ヒミは、……?)


 明良の脳裏に、先日のふたりの姿が浮かぶ。

 鷹揚に笑いながら「訪ねてこい」と自分を誘った大師。

 土の盾を裁ち切った自分に、思わず溢れたような優し気な微笑みを向けてきた、その弟子。

 彼らが自分を待たず、自分に何も告げず、自らの教区に帰ったり、潜伏の箇所を変えたりするはずがない。

 そんな、根拠のない確信めいたものと、言い知れぬ悪寒とがない交ぜになって、明良の心中に渦を巻き出す。


「あ、わかった」


 明良の背後、走る集団の後方にいた女守衛手が呟くように言った。

 「どうした、ラム」と、聞き咎めた同僚が訊ねている。

 いまだ明良は心中で困惑している最中だったが、女守衛手の次の言葉は、なぜか耳についた。


「ここ、んですよ」


 今現在、一行は先ほどの「何かおかしい山道」を駆けている最中である。「ここ」とは言うまでもなく、「何かおかしい山道」についてであろう。

 明良は後ろを振り返る。

 女守衛手とやり取りしている男は「何がだ?」と問い返した。


「この木が並んでるカンジ。『智集館ちしゅうかん』の、さびれた中庭庭園と似てるんです。観葉樹かんようじゅの間のとり方とかが」


(……なんだと?)


 明良は立ち止まった。

 黒髪の少年が大きく目を見開いて周囲を眺めている様子に、守衛手たちも立ち止まって振り返る。


「どうかしたか?!」


(……この山道が、が、『智集館』の庭と似ている……? まさか……)


 明良は自らに過ぎった考えに、心底から身震いをした。

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