角猪のアヤカムと水溜まり 4
「この麦畑の持ち主は誰だったかな……。こんなに焼野原にしちまって悪いコトになった……」
「こんなに
「そこ、まだ生きてる」と同僚に指摘されて、
「ギ」、と
「……町から補償も出るだろうし、名誉なことだし、今夜は『豚の丸焼きの振る舞い』の主催になって名声が上がるしで、麦畑の犠牲は上回るんじゃないの?」
希畔の町の守り手たちは、角猪の大群襲来を乗り切った。
いくらか負傷した者もいるが、「他奮」の施しにより
だが、角猪とは、元々が体力のあるアヤカムである。
守衛手と
「フンッ!」
全身を赤く
(もう動けるようなアヤカムはいないな。あとは、大丈夫だろう……)
黒髪の少年は守衛手の長のもとに歩み寄る。
明良の接近に気が付いて
「少年。見事な手並みだったな。見ない顔だが、『武芸学』の学徒か?」
「……いいや、違う」
「武芸学」とは、刀剣、槍、弓、盾……、さまざまな武器とその取扱いについて学ぶ学問である。だが、この学問はさほど重要視されておらず、大規模都市、希畔の町でさえ二件ほどの小規模な「武芸学館」が在るのみ。「趣味の域」といってよい。
それよりは、魔名術の方が生活を営むことに直結するし、いざというときの自衛手段にもなるため、時間を費やすのであれば、「魔名術の段上げ」に精を出す方がよいとされるのが居坂の通念であった。
「……俺はコイツらの元を辿る」
「元?」
「角猪はどこから来たのか? その元だ。周囲には俺たち以外の際立った気配は感じられない。この角猪たちが来た道を
「『タ行
明良は
(単純な「使役」内容とはいえ、この量だ。単独犯であれば、ソイツは「タ行」の高段であることは間違いない。そして、そいつが「使役者」の可能性も高い……。やり口が、「
「お前たち、守衛手もこれから調査するのだろう? 一応、先に言っておこうと思ってこうして告げている」
「……ふむ。角猪の襲来元を辿るのは構わないが、その言葉遣い、どうにかならないものか? せっかくの大活躍に、印象が悪いぞ」
「……しょうがない。これは病気みたいなモノだ」
角猪たちが押し寄せてきた林の方へと身体を向けた明良に、守衛手の長が「ちょっと待て」と声をかける。
明良が振り向いたところにちょうど、何かが飛んできたので、彼はそれを片手で掴み取った。
手を開いたなかには、金属の小物。
「これは……?」
「守衛手の笛だ。俺たちもあとで追うが、なにかあったらそれを吹いて報せろ。長く吹けば、『集合しろ』という意味の警笛だ。すぐに駆けつけよう」
「助かる」
「……助かったのはこっちの方さ」
守衛手の長と頷き合ったあと、明良は林に向かって駆け出した。
(昨日の明け方までの雨の影響か、まだぬかるんでいるところも多いな……)
角猪の群れが通った跡を遡るのは、容易だった。
ぬかるみの中の
(使役するにしても、あれほどの数の野生のアヤカムを術にかけていくこと自体、時間がかかりそうなものだな……)
半刻ほど深い林を駆け抜けると、明良は不自然に開けた場所に出た。まるで、林の中に人の手で造られたような広場である。数本の木は点在するものの、ほとんど草の茂りだけで、頭上も広い。
そして、明良は気が付いた――。
「この、草を踏み荒らした蹄の数の多さ、辺りに漂う糞尿の臭い……。あの群れは、ここをただ通り過ぎたわけじゃないな……」
明良は屈んで地面を眺める。
角猪の足跡はいくつも重なって、広場の大部分の地面に刻まれているようだった。
「この場に、しばらく留まっていたか? それに……」
明良は広場の外周にあたる部分に歩を進める。
角猪の足跡を縁どるように、地面に水溜まりがあるのだ。
一足跳びでなんとか飛び越せるといった幅の水面、それが大きな輪のようになって、ぐるりと広場を囲っている。
「水溜まりの内と外では角猪の足跡がまったく違ってくる……。まるで、アヤカムどもは、水溜まりによって、この場に閉じ込められていたかのような……」
そこで、明良はハッとした。
自身の
土の盾と、その横に並びたつ氷の盾――。
「……アイツか?! あの女が、氷の壁で角猪の群れを囲った? この水溜まりは、氷の壁が溶けた跡か!」
思い至った直後、明良は駆け出す。
今、来た道を引き返すのだ。
「……ヤツがどういう訳で角猪を囲ったのかは知らんが、まず間違いなく、この件には動力の大師が絡んでるッ!」
明良は駆けた。
目的地は、現在の場所から希畔の町を
「……居場所が
明良は思い浮かべる。
動力大師、コ・ギアガンの、
総髪の弟子、コ・ヒミの、冷ややかでありながらも美しい面相。
ふたりとのふたたびの敵対の可能性を、明良は覚悟した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます