荒ら家への来訪者と少年の一閃 1

 明良あきらむしろを引いただけの寝床で目を覚ました。

 何か、物音がしたような気がしたのだ。

 あばなかは薄暗い。夜明けはまだのようだ。

 雨が板切れを叩く音もしない。寝入っている間に降雨は終わったようだ。

 異音は気のせいか、と明良がふたたび目を閉じたとき――。


「……おうぃ、キラ。起きろぉ!」


 荒ら家が崩れるかというほどの大声が響いた。

 明良は飛び起きると、傍らにあった「幾旅金いくたびのかね」のさやを掴み取る。

 片膝をついた筵の上、戸板に向けて目を凝らす明良。


ドン、ドン


 これもまた、荒ら家が壊れるのではないかという勢いで、戸板が揺れた。

 明良は「幾旅金」を鞘から引き抜くと、ソロリソロリと戸板に近づく。暗闇の中、彼の青灰せいはい色の瞳からは寝起きのだるさの色が完全に吹き飛んでいた。


(……この気配……)


 戸板のふちに指を掛け、ゆっくりと引く。


「よう、キラ。朝だぞ」


 ゆっくりと戸を閉めた。


(……なぜ動力どうりきの大師がここにいる?!)


 戸を開いた先にあったのは、巨大な影であった。

 うす暗いとはいえ、その巨体が誰の物であるのか、苦々しい思いとともに焼き付けた彼にはすぐに判ったのだった。


「閉めるな。開けんか!」


 明良は荒ら家の内において、「幾旅金」を構えた。


「……御師おんし。やはり御師には、『他行ほかぎょう詠唱えいしょう』でしょう」


 新しく現れた淡々とした声に、「なんだと?」と返す大師の張り声。


「交渉事というものを判っておりません。あのような事があった相手においそれと戸を開くようでは、自衛意識のない愚図ぐずです。私がア・キラ様の御立場でしたらすでに『氷幻ひょうげん』を放つところです」

「あぁん?! じゃあ、どうしろっていうんだ?」

「……『カ行・氷囚ひょうしゅう』」

「なるほどな、家を囲うてか……。ってオイ! ヒミ! われにかけてどうするっ!」

「壊さないよう願います」


(どうでもいいが、朝早くから、しかも、ボロとはいえヒトの家の前でなんなんだ? コイツらのこの気の抜けるやり取りは……?)


 構える剣先が、知らずに下がってきている明良だった。


「ア・キラ様。我々は今、氷塊の虜囚りょしゅう。すぐに解けるにしても、ひと動作が必要な醜態しゅうたい此度こたびの我らが来訪が、加害や騒乱の目的でないことはこの姿を見ていただければお判りになるはずです」

「おぉ、なるほどな。さすがヒミだ! おい、キラ! 出てこんか!」


 誘い文句に興味がもたげてきてしまった明良は、戸板を細く開いた。

 そしてその先の光景に、口も開いてしまった。

 

「……ば、バカか?」


 自身の家の前に、裾野すその広く、見上げるほどの巨大な氷がある。

 動力の大師と連れの女とは、揃ってその氷の塊の中に身体を収めているのだ。頭部だけを晒す格好で。

 明良の警戒心は、完全に消え去ってしまった。

 戸を開いて身を出すと、そこだけ氷に嫌われたかのような大師の髭面を見上げた。


「……何なんだ、一体?」

「出てきおったか! ホレ、行くぞ!」

「行く……?」

われの門下に加わるという話だったろうが! わざわざ迎えに来てやったんだぞ!」


 明良は氷塊を前にして、大きく息を吐いた。


「……『大師』という職は、どこかズレていないと就けない決まりでもあるのか?」

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