荒ら家への来訪者と少年の一閃 2

「おぅい、明良あきら。いつまでやっとるつもりだぁ? 早く行こうぞ」

「……茶は出してやったろう。いい加減、帰ってくれ」


 「幾旅金いくたびのかね」に石輪の重りをつけての素振りをしながら、明良は言った。

 大師よりはいくらか良識がありそうな連れの女に目を流すが、相手は木の幹に寄り掛かった瞑目めいもく姿のままである。


「……帰れと言われてもなぁ。我らはまだ、希畔きはんに用があるからのう」

「……九十九、百ッ!」

 

 百振り目を終えると、明良は石輪をひとつ加えながら、息を吐く。


「だったらさっさと、目的の相手だけにその用とやらを為して希畔を去ればいい。ただし、俺を含めて、無関係な者には手を出すなよ」


 巨石に腰を落ち着けている大師は、「ほう」と目をみはった。


「『咎人とがびとの捕り物』が我らの目的と読んでいたとは、さすがの洞察だ!」

「洞察も何も……」

御師おんし、喋り過ぎです」


 瞑目の女は、瞑目のままに大師に釘をさす。

 ギアガン大師は眉をひそめ、明良に顔を近づけてくると、「な」と潜めた声を出す。


「我の弟子はあのヒミと、同じようなのがもうひとり。辛気しんき臭くて敵わん……。ここらでなにか、新しい風を呼び込みたいのだ」

「辛気臭いのは生来のものと、御師を反面教師としておりますが故」


 弟子の痛言におおきな肩をすくめてみせる大師を尻目に、明良は負荷を増しての素振りを始める。


「……どうでもいいが、『新しい風』というものを俺に期待するのなら間違ってるぞ。辛気臭いことにおいては、俺にもなかなかの自負がある」

「……いいや。我の直感がある。明良は元来快活で、関わった者への親愛を強く持つさがだとな」

「……」


 黒髪の少年は、むずがゆいものを隠すように、無言で刀を振り続ける。


「だが、何かしらの『障り』の気配があって、それが明良の性根しょうねに影を落としておる。そうも直感するのだ」

「……大師というのは、言い回しも似てくるものか」


 動力の大師は口の端を吊り上げて、笑う。


「……どうだ、明良。『捕り物』が終わったらお主の『障り』を排することに我も手を貸そう。力で解決することならば文句のつけようもあるまい。心髄に関わることなら、そういうことに長けた我の旧知に引き会わせよう。であるから……」

「断る」


 明良の即答に、動力の大師は唇をひん曲げた。


「俺の願いは、ただ俺だけのためにある。余人よじん無闇むやみ矢鱈やたらと巻き込みたくはない」

「強情な……」

「それに、今やお前たちのほうが、『智集館ちしゅうかん』を魔名術で騒がせた『咎人とがびと』だろう? 『大師』の職さえ剥奪されかねないんじゃないか? 俺としてはこれ以上、荷物を背負いこみたくはないものだ」

「それに関しては問題ない。我らの上には……」

「御師ッ!!」


 弟子の恫喝どうかつにビクリとした大師は、「そうだな」と思い直したようだった。


「さすがに喋り過ぎるな。すまん、ヒミ」

「……仲間割れも大概にしてくれ」

「言い得とるわ」

「……九十九、百ッ!」


 明良は次の百振り目を終えると、もうひとつ負荷を加えるために、傍らの石輪に手を伸ばす。

 だがそこに、動力の大師のあざけるような笑いが入った。


「……明良にはもう、そういうのは必要がないんじゃないか?」


 上体を折った体勢で、黒髪の少年は動力の大師を睨み上げる。


「……どういう意味だ? 鍛練が無駄だと言いたいのか?」

「いや、日々の反復は続けた方がよいのは当然だ。練度をつちかうのに越したことはない。だが、次の段階に行くには、こころざしが違ってくるということだ」

「志だと……?」


 明良は上体を起こして、動力の大師のほくそ笑みを睨みつける。

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