石動の魔名術と磊落な動力の大師 2

「小僧はこの教区館の守衛しゅえいしゅか? それとも、たまたまにけ出られた、ただの『本読み』か?」

「……」


 ころすような視線からは目を離さないものの、明良は大男――「動力どうりき」の大師、コ・ギアガンの問いには答えが返せない。彼の逡巡しゅんじゅんもとは、どう答えるのが正しいのか、判断つかないがためである。


(……この大師が「智集館ちしゅうかん」を囲った理由が判らないことには、迂闊うかつなコトは喋れない。……コイツは、?)


「……いずれにせよ」


 しかし、相手が放ち始めた気色けしきは、明良とは違って即座に判断を下したことを意味していた。


「……われが術を突破する者は、放っておかん! 『浮揚ふよう』ッ!」


 大師は平手を拡げ、丸太のような腕を振り、詠唱の言葉を叫ぶ。

 すると、通りに敷き詰められていたいし煉瓦れんががガタゴトと音を鳴らし、ちゅうに浮かび上がった。

 その数たるや、十や二十では済まない。

 明良の視界の範囲内、通りの舗装はすべて裸にされた。

 見るからに重量のありそうな煉瓦の群れがくうとどまりながら雨に打たれる光景に、明良は動力の大師の思惑を悟った。


(……考えてる時間じゃない! 来るッ!)


つぶれるなよ! 『カ行・押引おういん』!」


 詠唱の叫びとともに、大師のもう一方の腕が振られると、空中で静止していた煉瓦群は明良に向け一斉に飛びかかって来た。

 煉瓦のひとつひとつが彼に対する敵意をはらむように。


「……幾旅いくたびざんッ!」


 明良は「幾旅金いくたびのかね」をぎゃく袈裟けさで切り上げる。


ざんッ!」


 返しで、二太刀ふたたち目。


ざぁんッ! ンッ!」


 横払い、背面振り向きで、四度よたび


「ッ! ぅッ! ッっ! ンッ!!」


 切り上げ、打ち下ろし、振り向き払い、両の手で打ち上げで、八つ。

 神代じんだい遺物いぶつとしての「幾旅金」の効果で、それらの斬撃が幾十、幾百になっていこうが、明良は刀を振り抜き続ける。

 しかし、それほどの数の剣閃をもってしても――。


「つぅッ!!」


 間断なく、全方位から襲い来る石煉瓦を撃ち落としきることはかなわない。

 明良はその背に、石煉瓦の突進を受けたのだ。

 だが、黒髪の少年はうめき声を口の中で殺し、刀を持つ手首を返す。


「……さえぎりぃッ!」


 煉瓦の飛来を撃ち落とす「斬」から、遮蔽しゃへい力の高い、がたの「遮り」に切り替える。

 甲斐あって、煉瓦の追撃は受けず、呼吸と体勢とを整えるを得た。


(……石畳など、限りある……。耐えきれればッ!)


 明良は認識した。

 石煉瓦が飛び交う景色の向こうで仁王立つ大男。動力の大師は敵である、と。

 今まさしく、死地の只中ただなかに放り込まれたのだ、と。

 

(……勢いが緩んできた!)


 宙を舞って襲い来る煉瓦の密度が開けてきた。大師の「矢」が尽きてきている。

 これを好機と見定め、「遮り」の間隙かんげきに目を配った明良。

 しかし、垣間見た大男の面相に、少年の背筋が凍った。

 相手は口髭に覆われていても判るほど、嬉々とした笑みを浮かべている。


「……は、『石動いするぎ』のため、けただけに過ぎんぞ? 小僧」


 大師は両の平手を重ね、突き出した。


「カ行・磊牢らいろうゥ!」

「……ッ?!」


 明良の足元が揺れる。

 地面が地面でないような気分の悪い浮遊感を感じるに、刹那せつなの思考も為さないあいだに、明良の視界は暗転した。

 そして訪れる、静寂せいじゃく


(……閉じ込められたか!?)


 「智集館ちしゅうかん」を囲っていた土の壁という先例があるから即座に判断できるが、そうでなければ、あまりに一瞬のことで、自身に何が起きたか判らず、明良の狼狽ろうばいも極まっていたことだろう。

 瞬きほどのあいだ――いや、それよりももっと短い

 土石どせきの牢の中に、黒髪の少年は瞬時にしてとらわれたのだ。


「……クッソォッ!」

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