石動の魔名術と磊落な動力の大師 1

(……この「壁」は、動力の魔名術によるものか?)


 明良あきらは自らの背後から「幾旅金いくたびのかね」を引き抜くと、刃を水平にして、弓引くように構える。


「……ちょ、ちょっと、明良くん?」

退がっていろ、崩れて来るかもしれない……」


 「智集手ちしゅうしゅ」受付員が瞬きを繰り返し、訳も分からずといった様子ながらも距離をとったのを確認すると、明良はその身に気力を充たしていく。


「……幾旅いくたびつき!」


 白刃が放たれ、一条の光と化す。

 一条の光は何条もの光を生み、束ねられ、大鐘おおがねくがごとく、土の壁を襲う。


ドォン


 地が揺れた。

 土が崩れた。

 だが――。


「……ちぃッ! 分厚い!」


 明良の刺突は壁面にこぶしだいの穴を開けたが、貫通した様子はない。土壁は未だ健在である。


「……うぉぉおぉッ!!」


 明良は怒涛どとうの勢いで「幾旅金」を突き刺し続ける。

 穿うがたれた穴を、延々と掘り進める。


(……軽くなってきたぞ!)


 明良はそう感じたところで穴攻けっこうを止め、腕を引き抜いた。

 「幾旅金」は穴に残されたままである。

 刀の柄尻つかじりだけがようやく表に見えているのだから、貫通間際だとしても、この土壁は悠に一歩半以上に及ぶ厚さであろう。

 明良は振り返り、「智集ちしゅうしゅ」入り口ので、おののきながらも彼の動向を見守っていた人々に目を向ける。


「……この中に『ナ行・識者しきしゃ』はいないか?!」


 少しの間があって、ひとりの女性が手を挙げた。

 それは、あの親し気な受付員の同僚、「メンリン」であった。


「よし。『軟化なんか』か『燥化そうか』の魔名術は使えるか?」

「……『軟化』なら使えますけど、私は『段』なので、さほどの効果は……」

「構わない! この柄尻に向けて放ってくれ!」


 明良の勢いに呑まれるようにしてナ行魔名術者は穿うがち穴に近づくと、「幾旅金」の柄尻に平手をかざす。


「……ナ行・軟化」


(「幾旅金」は斬撃を、突きを、増幅するが、それだけじゃない……)


「終わりましたけど……」

「よし……、離れてろ!」

「え、あ……はい」


 魔名術者が退くと、壁から少し距離を取って離れていた明良は駆け出す。

 土壁に向かって。

 穿った穴に向けて。


(……「幾旅金」は魔名術の効果も放出する!)


「うぉおおぉッ!!」


 少ない距離で風のように助走をつけた明良は、石柱の前で踏み切ると、両脚でのりで「幾旅金」の柄尻を捉えた。


ゴズ、ゴゴォン


 直後、轟音とともに壁が崩れ、噴煙が立ち昇る。

 内部に「幾旅金」が丸ごと収まっていたことで、何重にも増幅された「ナ行・軟化」の効果が穿ち穴周辺で拡がっており、蹴り崩せるほどにもろく、軟らかくなっていたのだ。

 

「……おぉ! スゴい!」

「明良くん、偉い!」


 黒髪の少年は噴煙が包む中、背後の歓声には気を向けず、立ち上がる。

 いや、気を向けることが


(……とんでもない気配がある!)


 ただならぬ気配が発せられる方向から目を離さず、明良はちょうど足元に転がって来た「幾旅金」を拾い上げる。

 間もなく、壁の倒壊による噴煙も収まってくる。

 まだ降雨は続いていたようだ。

 雨と土とがけぶる中、見上げるようなおおきな影が揺れる。


「……われが『石動いするぎ』の壁が破れただとぉ……?」


 影は、大男であった。

 外套衣が岩壁のような体躯の背後でたなびいている。その白の布地は、教区館の閲覧室の絨毯じゅうたん比肩ひけんするほどに大きい。

 肩口袖と膝上丈の穿き物。そこから飛び出すようにしてある手足は隆々としており、岩石のような硬さとみなぎりを溜め込んでいた。

 そして、その面相めんそう

 大男は怒りをはらんだ表情を露わにしていた。

 蓄えた顎鬚あごひげ口髭くちひげの奥で歯を鳴らす音。

 総髪のまとめ髪を揺らし、額に青筋を浮かし、明良をめ下げる。

 

「……われが『磊牢らいろう』を、小僧が砕いたか?」


(……疑いようもない。この気迫、圧……。目の前にいるこの男は、魔名術者の筆頭、「動力の大師」!)


 雨中にあっても火がつくようなきょう視線しせんに睨みを返しながら、明良は自身の足が戦慄わなないていることに気付いた。

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