不埒な幻燈の大師と幻映の景色 3
「……勘違い?」
叱責のような
相手は片の口端を吊り上げて、美名を見据えた。
「……魔名は、便利な道具や、闘争の武器なんかじゃない。確かにそういう側面を魔名は持つが、お
「……」
大師の言は、美名の図星を指した。
洞蜥蜴の強大さと犠牲の多さに無力を感じた美名は、力を欲したのだ。
「魔名術ってのは
美名はキッと幻燈の大師を睨みつける。
相手が誰かなど気にもせずの、真っ直ぐな紅い瞳だった。
「『魔名』でなく、『魔名術』を欲しがってるお嬢には、どんな『
「では……、どうすればよかったのですか? 私は、どうすればよかったのですか?!」
美名の言葉は、発するごとに
「大師……、大師様なら、どうしたというのですか?!」
「……美名……」
小さなクミは哀しくなる。
彼女の友人は、あれからずっと自分を責めていた。
笑顔を浮かべながら、泣いていた。
それを判ってやれていなかった自分だった。
「アタシなら……逃げるねぇ」
幻燈の大師は薄く微笑む。
「……逃げる?」
「ああ、逃げるよ。全力逃走だねぇ」
「ただし」と大師は、悪童のような顔を浮かべる。
「ありったけの『幻燈』の魔名術を
「……やっぱり、魔名術じゃないですか!」
「違うねぇ」
「眠らせて逃げたあと、仲間を呼ぶ。助け出せる者を助け出して、眠ってる洞蜥蜴を前にして、頭を
夢見るように語りながら、さも可笑しそうな幻燈の大師に、美名は言葉を失う。
「要は、そのときの自分の全力を遣うってことさ」
大師はその笑みに、初めて
そうして、美名の頬に手を添える。
「今、洞蜥蜴に対峙したとして、アタシが持ち合わせてる
「お嬢は、手を抜いたのかい?」
美名は、小さく首を振る。
「少しでも、諦めたのかい?」
美名は、唇をきつく噛みしめる。
「違うだろう? クシャの奴らも、皆そうだ。きっと、自分たちの持てる力で、全力で助かろうとしただろうさ」
ふたりのやりとりを見守っていたクミは、ヤッチを思い出した。ヤッチを守るようにして息絶えていたという、彼のふた親を想った。
「結果は悲惨なものだったかもしれない。だがきっと、各々で、各々の魔名を響かせただろうよ。最後のときも、諦めずに」
クミは美名に「
その、遺憾の曇りなどない死に顔を、想い起した。
夜半の「ラ行・
彼女の声があったからこそ、ヤッチは今、生きているのだ、と思い至った。
「ちっぽけな
目を閉じ、それでも涙を流しつづける美名の頬を、幻燈の大師はひとさすりしてやる。
「全力を出してもなお、それを悔いるのは、
まぶたを開き、見つめる美名に、大師は片目を閉じて合図を送る。
その仕草がなぜかしらとても秘密めいているように感じられて、美名はこの部屋に入って初めて笑った。
「
「……いいもの?」
「ああ……。お嬢の心さ」
「私の心……」
ずっと黙って場を見守り、自身も瞳を潤ませていた「附名」の若年魔名術者が「まさか」と声を出す。
「モモ様……。ちょっと?」
「……マ行・
幻燈の大師の詠唱とともに、美名の頬に添えられていた平手に
「……あちゃぁ、やっちゃったよぉ……」
額に手を当て、しかめ面で頭上を振り仰ぐカラペを、クミは見上げる。
「……なに? 何か、美名にマズいことしたの?」
「……いやぁ、『幻映』自体はいいんだけど、『大師』が一般のヒトに魔名術を行使するのは、ご
「えぇ?!」
声を張り上げたクミは、美名に視線を戻す。
「……ったく、『魔名の持論』といい、ホント
美名と大師とは、眠るようにして目を
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