奔放な附名術者と異質な魔名 2

ねえ様。此度こたびは『仮名かな』を望まれてとのこと」


 突然に厳かな口調で、取り澄ましたようになると、カラペは手のひらを仰向けて美名の方へと差し出してきた。

 彼女が目線をくれたことから察した美名は、その手に自身の手を重ねる。

 平手の触れ合いを合図に、「附名ふめい」の魔名術者は瞑目めいもくする。


居坂いさかに響く名を授かる心づもりに、相違ないですか?」


 美名はひとつ、頷く。


「よき『仮名かな』を旅路のしるべとする心さだめに、相違ないですか?」


 これにも頷く。


「では、希望の名があれば仰ってください」


 美名はクミを見下ろす。

 クミも美名を見つめ上げる。

 ふたりは頷き合った。


「『美名みな』で、お願いいたします」

「……よろしい。『ミナ』で……、え?!」


 「附名ふめい」魔名術者は儀式の厳かさを吹き飛ばす大声を出し、椅子から立ち上がった。

 そうして、食い入るように美名に詰め寄る。


「『ミナ』でいいの? ホントに『ミナ』でいいの?! 『未名みな』と同じ音だよ?!」


 相手の勢いに何度も瞬きをする美名だったが、その驚動きょうどうもとを悟ると、首を振った。


「ええ、いいんです。『未名』とは違う漢字で『美名』ですから」

「漢字ぃ?!」


 「ちょ、ちょっと」と慌てた様子で、カラペは卓の抽斗ひきだしを開けた。

 その中から藁紙わらがみを取り出し、自身の懐からも懐中筆を取り出し、美名に差し出す。


「書いて。ここにその『ミナ』って、書いてみて!」

「あ、はい……」

 

 美名はサラサラと筆を走らせ、「美名」の文字を書きつける。

 席にふたたび腰を下ろして、書き終えられた「美名」を眺め、カラペは魂が漏れ出ているかのようなため息を吐く。


「『美しい名』、ねぇ……」


(なに、何なの? なんか私、マズったかな?)


 「美名」の命名者であるクミは、「名づけ」において自分が何か過ちを犯したのではと、友人の懐の中で焦り始めた。


「漢字はねぇ……」


(漢字は……?)


「『仮名』とはいえ、見たことも聞いたこともないねえ。漢字の魔名は……」


(あ……)


 クミは思い至る。

 彼女が居坂で出会って、その名を知れた人々。

 その人々が名乗りをくれた際、ことを。どういう漢字が充てられた名なのか、何も説明を加えてこなかったことを。


(……もしや、居坂の「名づけ」では、漢字は使われないのが一般的なの?)


 クミは美名を見上げる。

 美名も戸惑っている様子で、友人の視線に気付くと、目をしばたたかせながら小さく首を振った。


(美名も、よくは知らなかったの……? うわぁ、マズったかも……)


 頭を抱えてしまった「附名」魔名術者に目線を戻した美名は、「あの」と声を上げた。


「何か、問題がありますか……?」

「いやぁ……、『隣の自奮じふん奏音そうおん鳴らす』……。まさに、そんなカンジ」

「隣家は『自奮』魔名術者なのに、『ラ行・奏音』のような騒音が聴こえてくる、『訳の判らない状態』ってことですか……」


 クミのためであろう、居坂のたとえ話を懇切に解き明かした美名に、口をへの字に曲げたカラペが顔を向ける。


「意向は変わらないよね? 『美名』を『仮名』にしたいっていう意向は……」


 ひとつの瞬きをし、力強く「はい」の言葉を返す美名。


「『名づけ』を頂けていないうちから僭越かもしれませんが、もう、親しいヒトにはこの名を呼んでもらっていて、私自身も大好きな名なのです」

「だよねえ……。ステキなカンジするもんねぇ……。女のへの「マ行おん」や、「にごおん」とは違う、漢字の『意味を持ちつつ』、『響く』個人名かぁ……」


 困ったように、相手は顔を伏せってしまう。


「つけてあげたい、つけてあげたいんだけども……」

 

 しばらくそうやって唸っていたあと、「よし!」と勢いをつけた声を上げて、「附名」魔名術者は立ち上がった。


にお伺いを立てよう! こういう時のために、上司はいる!」

「……上、ですか……?」


 呆然として見てくる銀髪の少女と黒毛の愛玩に向けて、カラペはニッコリと微笑んだ。


「上と言ったら、この教区館の長に決まってるでしょ!」

「……え?」

「……え?」


(教区館のトップ……。マ行の大師?!)


 思わず揃った美名とクミは、口を開いて呆気に取られた様も、意図して揃えたかのようになってしまった。

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