奔放な附名術者と異質な魔名 1

 半刻待ったあとに美名たちが通されたのは、簡素な部屋だった。

 木目板の壁。戸口とは向かい側のその壁に、頭上ほどの高さで造られた十字格子の窓。室の中央には腰高机と椅子が置かれているのみ。

 その簡素な部屋で美名とクミを迎えたのは、ただひとり。


「やあ。これはまた珍しい愛玩あいがんね。見たことないけど、どことなく可愛らしいね」


(え……? このが「附名ふめい」の魔名術者なの?)

 

 簡易な造りの背凭せもたれ椅子に腰を掛けて、ニッコリと微笑んでくる少女。

 その姿容すがたかたちに、クミは一瞬唖然とする。


(美名より……年下なんじゃないの?)


 薄手の半纏はんてんと膝上丈の下穿したばきの上に、教区館員の統一衣装なのであろう、窓口の広間でも多く見かけた白い外套を羽織った姿。

 座っているために正確な判別はできないが、クミの見た通り、体格としては小柄な美名よりさらに小さいようである。

 頭の左右で張りと輝きのある黒髪を束ね、柔らかな弧の薄眉の下で、大きな瞳がクミを見据える。

 ふっくらとした頬にまだいくらか残る幼さと、余裕のある口調とのズレがどこか不安定な空気を持つ相手だった。


「よろしくお願いします」


 クミを抱いた美名は、戸口ぎわで一礼をする。


「さあ、掛けてちょうだい」


 手で促され、「附名」術者の対面に腰を下ろす美名。

 相手は興味深そうに、美名とクミとに交互に目線を送ってくる。


「それで、にどんな名をつけるの?」

「……え?」


 「附名」術者は卓上で身を乗り出し、黒毛のクミに顔を寄せる。


「特に希望がないんだったら、私にお任せよ? 軽妙洒脱、『段』ひとっ飛びな『命名』をしてあげる」


 ニンマリと近づけられた笑顔に、クミはたじろいで身を引く。


「あの……。『仮名かな』を『渡名とめい』していただきたいのは、私なんですが……」

「……なぬ?」


 美名に顔を向けた「附名」術者は、次には額に手を当て、頭上を振り仰いだ。

 どうにも大仰な仕草の数々に、美名もクミもいちいち驚かされてしまう。


「ああ。ゴメン、ゴメン。愛玩あいがんに名を頂きたいという案件が多くてさ、つい勘違いしちゃったよ。リムさんもちゃんと申し伝えしてくれたらいいのに、ねえ」


(アンタもしっかり確かめなさいな……)


 軽薄な口調の相手に、呆れて小さくため息を吐くクミ。

 そんな友人を抱いて、美名はおずおずと「あの」と口にする。


「失礼ですが、ウ様……ですよね?」

「うん? 私? そうだよ。ウ・カラペ。『ペッちゃん』って呼んでくれていいよ!」


 相手は美名に手の甲を向けながら、笑う。

 勢いに圧されながらの美名も手の甲を出すと、カラペは「ヘーイ!」とおどけながら甲をぶつけてきた。

 美名は呆気にとられ、クミはまたもため息を吐く。


「……ウ様は、『命名』の術が使えるのですか?」

「ペッちゃんでいいよ!」

「……ペッちゃんさんは……」


 美名の真剣でおかしな敬称に、小さなクミは噴き出した。

 「ペッちゃんさん」は、黒毛で双眸色違いの獣に興味惹かれたように目を向ける。


「わお! この愛玩あいがんは、笑うのかな?」

「……はい。こういう動物なんです」

「……ぷ、プフゥ! プフゥ!」


 無理矢理に噴き出しを繰り返すクミに、今度は美名が噴き出す番だった。

 カラペも一緒になって笑う。


「……楽しいね。いいねぇ。よき出会い、よき出会い」


 気を取り直した美名は、ふたたび同じ質問を投げたが、相手は首を振った。


「『命名』という言葉を使ってるのは、愛玩に魔名をくれっていうヒト向けの方便ね。実際にやっているのは『渡名』。私にはまだ『命名』はできないよ。『命名』って言っといたほうが喜ばれるからいいのよ」

「……そうですか」

「ま、私自身、『命名』ができるようになるのも時間の問題だけどネ」


 将来性を自負するカラペは、ふふん、とふんぞりかえる。

 もしやと期待した美名の少し萎れた様子に気付くことなく、彼女は「さてと」と仕切り直した。


「それでは、『渡名とめい』を為します」


 その顔に、これまでの調子のよい色や、幼さというものは微塵も浮かんでいなかった。

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