目つきの悪い少年と冷息吹の洞蜥蜴 1

「美名、美名ぁ!」


 四つ足を目一杯に伸ばし、地を蹴り、小さなクミは林の中を駆ける。


「美名、速いって!」


 林の舗道など全く無視して、一直線に駆ける美名。クミは彼女に追いすがるように走っているのだ。

 クミの視界の中の彼女は段々とその姿を小さくしていく。


「クミは来なくてもいい! 戻ってて!」


 美名は振り返らずに叫ぶ。


「そういうわけにもいかんでしょうよ!」


(とは言うけど……、ついていくので精一杯!)


 草木で足元は悪く、夜目もクミほどには効いていないはずであるが、美名は林の中で吹き抜ける風のように自身を運んでいく。


(クシャに何が……? ミカメさんは、村長様は?!)


 奥歯を噛みしめ走り続ける美名だったが、はたと何かに気付いた様子で横目を振ると、その足を止めた。

 立ち止まった美名に、息も切れ切れになったクミもようやくに追いつく。


「……誰ッ?!」


 足元でへたりこむ小さなクミに一瞬だけ目を送ると、美名は林の中に向けて大声を張り上げる。そうしてから、庇うようにクミの前に立った。


「そこにいるのは誰よ?!」

「……美名?」


 美名が見つめる先にクミも目を向ける。

 ちょうどその時、美名の問いかけに応じるようにして、静寂の暗闇の中、木の幹からゆっくりと影が現れた。

 影の正体は――美名と同年代らしき少年だった。

 革布の上衣とした穿き。今まさにそうであるように、闇に溶けこむような暗い色に染められている。

 月光の薄明りのため、正確に色味は判らないが、黒か茶色であろう短髪はボサボサで、どこか汚らしい。顔も土埃だろうか、ひどく汚れている。

 だが、少年を取り巻く雰囲気は「汚い」ではなく「危な気」であった。

 切れ長の目には美名の姿を映して、瞬きひとつしない。

 きつく結ばれた口元。きつく寄せられた眉根。

 美名とクミは険しいその表情から、少年の心持ちを容易に感じ取ることができた。

 その心持ちとは――「敵意」である。


か?」


 低くうなるような声音に、クミは怖気が走るのを感じた。


「アレを『使役しえき』しているのは、お前か?」

「アンタ……」


 「誰?」と訊き返そうとして、クミは口をつぐんだ。

 首から下げている、少年の雰囲気に不釣り合いな円形の装飾を揺らして、どこか思いつめてでもいるような相手。その口から答えが出てくるのを、なぜかしらそら恐ろしく感じたのだ。


「美名、このヒト、クシャの……?」


 相手を変えて小声で訊いてきたクミに、美名は後ろ姿のまま首を振った。


「クシャには……、少なくとも、私が見た中にはこんなヒト、いなかった……」

 

 少年は目つきをより一層鋭くさせ、自身の後ろに手を回す。

 少年の所作に伴い、クミには一瞬、彼に後光が差したように見えた。


「お前、『タ行使役しえき』の魔名術者なんだろ? その証拠に、後ろのアヤカムを使役している……」


 だが、後光というのは、クミの見間違いだったらしい。

 少年は、背後から得物を引き抜いたのだった。


(に、日本刀……?)


 少年が無造作に構える得物は――刀剣。

 見た目にも鈍重な美名の「かさがたな不全ふぜん」とは違い、研ぎ澄まされた白光を放つ、反りの入った細身の刀だった。


「アレも、お前が使役しているのか?」


 クミにも判るほど、少年の目には殺気が露わになる。


「アレって……、何のことよ?」


 美名の訊き返しに、少年は首を振った。


うろ蜥蜴とかげだ。この先で、姿を現しているはず……」

「……洞蜥蜴ッ?!」


 美名は身をかがめると、クミを抱き、すかさず駆け出した。

 対していた相手を無視するように、クシャの方角へと。ふたたび。


「美名? どうしたの?!」


 美名の懐に抱かれつつ、クミには彼女の行動の意図が判らない。


「アイツはいいの?!」

「あんなのに構ってる暇ない! もしもクシャが洞蜥蜴に……あのアヤカムに襲われてるのだとしたら!」


 泣き喚くようにして叫びながら、美名は走ることに死力を尽くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る