新たな輩の子と名づけ術師 6

 木々が次々にられていき、轟音に地が揺れる。


「す、スゴいな!」

「ふふん。これが美名です」


 瞬きする度に拓けていく視界に、感嘆の声をあげる養蜂家リントウ。

 その傍らで、得意気になる小さなクミ。

 「かさがたな」を振るい、林の木々を難なく倒していく美名。

 美名とクミは頂いた昼食のお返しとして、養蜂ようほうの新規用地開拓の手伝いを申し出たのだった。


「この調子なら今日中に伐採は終えてしまうなぁ」

「ふふん。これが『遺物いぶつ』の力です」


 「手伝い」といっても、クミがしていることと言えば、美名の尻馬に乗って得意気になっているだけである。

 

「おぅい。休憩にしよう」

「はぁい!」


 美名がこしらえた丸太のひとつに腰を落とし、リントウの老母がもたせてくれた、蜂蜜を練り込んだ麦包ぱおと薬草茶でひと息つく一同。


「『自奮じふん』の友人に手伝ってもらおうと思ってたんだが、要らなくなってしまったなぁ」

「休憩を終えたら、たきぎにしていきますね」

「ふふん。働き者の美名です」

「クミはちょっとでもいいから、枝取りのお手伝いしてね」

「ふふん……、うん。そうする……」


 クミのしぼむ様子を笑い飛ばしたリントウは、美名に顔を向ける。


「『名づけ師』様を追いたかったんだろうに、かえって悪かったね」


 いえ、と首を振り、えくぼを作る美名。


「またクシャに顔を出さなければいけませんでしたから、どちらにしろ、この近辺をすぐに発つ気はありませんでした」

「そうか。そう言ってくれるなら僕も気が休まるというものだ。『名づけ師』様は、『ヘヤに向かう』と仰っていた。クシャでの用が済んだら後を追うといいよ」

「はい」

「『ヘヤ』は港町ってクシャの村長も言ってたわね。いいところなの?」

「古くから海運で栄えてきた都市国家で、この地方ではいちばん大きな町だよ」

「私も一度、先生と訪ねたことがあるけど、海の眺望が綺麗で、素敵なところだったよ。お魚が美味しいしね」

「魚かぁ、いいねぇ……。居坂いさかにはお寿司ってあるのかしらねぇ……」


 麦包ぱおを頬張りながら、別の食事に思いを馳せるクミ。


「あの、リントウさん……」


 美名が顔色を窺うように養蜂家に声をかける。


「こちらにいらっしゃった『オ様』ってどんな方でした……?」

「『名づけ師』様かい……?」

「そうです、そうです!」


 美名は目を輝かせると、リントウに迫るように訊く。

 彼女の好奇の勢いに養蜂家はたじろいでしまう。


「『くろ外套がいとうのホウトン』様? それとも、眉目びもく秀麗、『次代のクメン』様ですか? も、も、もしかして……、ようとして行方をお隠しなさってる、『ア行の大師』様じゃぁ……」

「い、いやぁ……。トジロ様……と仰っていたかな……」


 「あぁ!」と組み手で天を仰ぐ美名。まるで心を空に飛ばしているようである。


「『放浪のトジロ』様! 山深くの人里、海隔たりの島町! そんな土地に忽然と現れ、魔名を授けていく泰然たいぜん温和おんわな『オ様』!」


 美名の恍惚として感極まるといった様子に、呆気にとられるクミとリントウ。


「美名……。アンタ、『オ様』のおっかけみたいなのね……」

「うん……。え? 『おっかけ』ってなに?」


 ひとしきり笑ったあと、三人は養蜂用地の開拓作業を再開した。

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