教会堂師の話の真偽と教会堂師の真偽 1

「『タ行』の魔名術のヒトで、『養蜂ようほう家』というのは『ウソ』ではなさそうね……」


 美名は視界を見渡す。

 建屋に向けて伸びる道。

 その道に沿って、月明かりに照らされた木箱がいくつも並んでいる。美名もいくつかの里で見た覚えのある、「蜂」の巣箱だ。

 動植物を操作できる「使役」の魔名術は農業・畜産に活躍の場がある。この土地の住人は、「タ行」の魔名術者に間違いがなさそうだった。

 美名とクミはキョロキョロと巣箱を眺めまわしながら、窓から明かりが漏れる居住建屋に歩を進める。


「ここが、美名みなの目的地――もうすぐ子どもが生まれそうなおウチなのね?」

「そうよ。だけど……」

 

 美名は否定をするように、無言で小さく首を振った。


「それが『ウソ』でないことを願うわ……」


 美名はどことなく緊張した面持ちで板張りの戸を叩いた。

 まもなく、男の声が扉の向こうで応じる。


「はい。どなたです?」

「夜分遅くにすみません。旅の者です」

「はぁ……」


 相手はどことなく警戒するような声音である。時間も時間であるから、当然ではあった。


「こちらにもうすぐお子が授かると聞きまして。僭越ではありますが、よければ祝福を差し上げられたらと訪ねてまいりました」

「いや、それは……」


 カタン、と音を鳴らし、玄関戸ののぞき窓が開く。

 そこから、男の目がのぞいた。美名の姿を認めたらしいが、その目の警戒の色は解けていない。


ともがらからの祝福は大歓迎だけど、よかったら出直してくれますか? 妻も私も、もう寝入るところだから……」

「承知しました。明日のうまの前にでもまた寄らさせていただきます」


 美名がのぞき窓の先の相手に深々とお辞儀をすると、目元だけながらも、男は微笑んでくれたようだった。


「お騒がせしてすみません。おやすみなさい」


 相手も「おやすみ」と答え、のぞき窓が閉じられる。


「よかったの? これで」

 

 蜂の巣箱に囲まれた道を引き返しながら、クミが訊ねてきた。


「ン。いいんだよ。子どもが生まれそうな『養蜂家』は。また明日、ここに来るよ」

「今日の寝床はどうするのさ?」


 「もう野宿はカンベンだよ」とクミは不貞腐れる。

 彼女は数日来の野良生活がだいぶ堪えているのだった。


「今日の宿にはひとつ、目ぼしがあるけど……」

「ホント? どこ、どこ?」


 目を輝かせたクミに、美名は首を振る。


「その前にもうひとつ、騒ぎがあるかもしれないよ……」


 「え」とクミは驚きの声を出して美名を見上げた。


「もうひと騒ぎって……? さっきみたいな?」

「うん……」


 美名には「騒ぎ」を迎える覚悟ができているようだった。

 一方のクミは、所在なく森をさまよい、男たちに見つかり、追い回され、林を駆け、養蜂家までの道を歩き――。今日という一日に、もうすでに足の裏の肉球が悲鳴を上げている。


(もう寝たい!)


 久方ぶりに木のうろ以外で安眠できると期待していたところだったのだ。


(けどなぁ……)


 歩む速度が心なしか早くなった美名の後ろ姿を、クミは吐息を漏らして見つめる。


「その『騒ぎ』って今すぐじゃないとダメ?」


 「う~ん」と、相手は唸りながら振り返る。

 

「できれば、早めに片付けたほうがいいと思うんだよね」


 人工的な木箱に囲まれ、月明かりに照らされ、銀髪の少女はその深紅の瞳に憂いのような色を映し出す。


「そっか……。仕方ない!」

「クミ?」

「面倒ゴトはとっとと終わらせよう!」


 覚悟を決めた小さなクミに、美名は微笑んで頷いた。


「どこへ行くの?」

「クシャの里! あ、その前に立ち寄るところが……」


 少女とネコは、ふたり並んで林の中へと入っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る