名付けられた少女と名付けたネコ
「『
銀髪の少女「
その道中、クミは「自分がやって来た、ココとは全く別の世界」のことを美名に話して聞かせていた。
美名にとっては想像もできない内容ばかりだったが、遠い目をするクミの話を、彼女は穏やかに聞いてやっていた。
「ベッドに横たわって、夢うつつの状態で、夫に水を飲ませてもらっていたのが『その世界』での私の最後の記憶。木漏れ日の中、青草の匂いに包まれて目を覚ましたのが、『この世界』での最初の記憶。最初は、『ああ、天国に来れたんだ』って、そう思った」
自身の姿が「ネコ」というものに変わっているらしきことも、「天国」にいるせいかとさして気に留めず、森の中で安穏として数日を過ごしていたらある変化があったのだという。
「ヒトを見かけたの。もしかすると、『天国』にはヒトがいないのかと思い始めてた頃だったから、スゴくハシャいじゃって、なんの考えもなしに話しかけてた。そしたらスゴい勢いで逃げられちゃった」
その場では残念がっただけだったが、翌日、事態は急変した。
殺気だった集団が森に入ってきて、クミを追い立て、捕らえようとしてきたのだという。
その森からはなんとか逃げ出したものの、クミは行く先々で同じような目に遭ってきたらしい。
「美名に助けられるまで、ずっとそんな調子だったわけよ……。はぁ……」
「……アハ」
クミは美名を見上げると、ちょこんとした鼻の下の口を尖らせた。
「何がおかしいの?」
「いや、ゴメン。クミを笑ったんじゃなくて、その……」
「その?」
「『美名』って呼ばれるのが、なんだか……。ふふっ」
「……気に入ってくれてるようで、嬉しいわ」
呆れたように、クミはため息を吐いた。
そんな黒毛を微笑みながら見下ろして、美名は「ねえ」と声をかける。
「私といっしょに旅をしてみない? クミ」
「旅?」
「クミは自分の世界に帰りたくはならない?」
「それはまあ」とクミは言い淀むと、なにやら考え込むようにして宙を見つめだした。
その様子が「帰りたい」という意思表示であることは、美名にも容易に察せられる。
(私はよく判らないけど、『夫』や『他の家族』がクミにもいたのね。そんなヒトたちのこと、心配にならないわけがない)
美名はニッコリと、微笑んでやる。
「『来た』んだからきっと、『帰り方』もあるはずよ?」
「だと……いいんだけど……」
「きっとあるよ!」
「ふふ」と、クミは可笑しそうにする。
「裏付けはなさそうけど、美名にかかると妙な説得力ね」
「……『
美名が不敵に笑って言い放つ。
「まあ裏付けってほどではないけど、クミが『客人』だって可能性があるなら、『魔名教』が『客人』には詳しいはずよ。何か手掛かりがあるかもしれない」
「なるほど……」
「一方の私は、あなたに名前をつけてもらったけど……、やっぱり正式に『魔名』も『名付けて』もらいたい」
「あら? 気に入らなかった?」
「ううん」と美名は首を振る。
「すごく好き。『美名』はもう、私の名前になってる。とっても好きよ?」
「ありがとう、クミ」と、美名は目をしばたたかせた。
「でもやっぱり、『魔名』は特別なの。『美名』は『個人名』に残してもらえるようにするわ。そして、そうなると、ふたりの目的はどちらも『魔名教』に関連してくる。ふたりとも、『魔名教』に用がある。私たち、きっといい旅の供連れになれると思うの」
「ううむ」と唸るクミ。
「どうかな」と首を傾げる美名。
大して間を置かず、クミは黒毛に覆われた小さな愛くるしい顔を上げた。
「……当然、乗った!」
「やったぁ!」
美名は諸手を上げて飛び跳ねんばかりに喜ぶ。
「実のところ、言われるまでもなくついて行くつもりだったけどね。どこ行っても追いかけまわされるし、話し相手がいなくても寂しいし、もう、ひとりはこりごりだったんだよねぇ……」
「私も、断られたら無理矢理にでも連れてくつもりだったけどね……」
そう言うと、美名はクミの両脇に両の手を回して抱え上げた。
「ネコ」という生き物は、そうして吊られるような恰好になると、だらんと胴が長くなる生き物のようである。
美名は自分の顔と同じ高さまで来たクミの頬に、自らの頬をすり寄せた。
「だってクミ、可愛すぎるんだもん!」
「うぎゃあ、ちょっと!」
いやいやと、身をよじるクミ。
「クミ、ふわっふわっ! でもちょっとクサイ!」
「お風呂なんて入れてないからね……って、私のほうがゼッタイ年上なんだから、敬う心は忘れずに!」
美名とクミは夜の林道を、数年来の友だちのようにして話しながら、ときにはじゃれ合い――美名から一方的にではあるが――ながら進んでいく。
「大きい月」も夜空に上り始めた頃、ふたりは「タ行
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