教会堂師の話の真偽と教会堂師の真偽 2

 クシャの里の教会堂、居住用の建屋にて。

 派遣教会堂師、レ・ロクロウが文机に向かっていると、その耳に物音が届いてきた。

 どうやら、勝手口の戸が叩かれたようである。

 このような時刻の訪問者、彼には思い当たる相手があったが――。


(まさか……? いつもなら、どんなに早くても明日みょうにちにはなるはずだが……)


 相手はよほど金欠に見舞われてでもいるのかと、教会堂師は舌打ちを鳴らしながら勝手口へと向かう。


「よう、悪いね……。こんな時間に」


 勝手口ののぞき窓から顔を見せたのはやはり、教会堂師が想定した相手、キ・グノだった。

 学がなさそうな野卑やひた目つき。

 ロクロウは内心では見下しているが、彼と相対するときに軽蔑の色が出ないように努めるのに難儀する。

 以前、俺を見る目がどうの、態度がどうのでひと悶着あってから、「商談」を円滑に進めるために心がけていることだった。

 ロクロウはのぞき窓の向こうの双眸に、「なんだ?」と問いかける。


「もうのか? まだの手紙も出してないから、あちらでも代金はくれなかっただろう?」

「そのことなんだがね。ちょいと、開けてくれるかい」


 相手に自身の苛立ちが伝わるよう、ロクロウは大仰に息を吸い、吐いた。


(夜分だということも弁えず……)


 教養も清潔感も、礼儀も礼節もない相手に罵りの言葉のひとつでも投げかけたくなるのを、ロクロウはグッと堪えた。


「あまりヒトに見られるとマズい。はやく……」


 相手を招き入れようと勝手口の扉を大きく開けたロクロウは、目を見開いた。


「き、君は!」


 キ・グノの後ろに、別の影があったからだ。

 その影の主は――。


「ドウモ、堂師さま……」


 昼間、教会堂を訪れた少女であった。

 「獲物」の印である「聖十角形」の襟巻を手ずから巻いてやり、グノたちの縄張りである林に送り出した、「未名みな」の少女――。

 その彼女が、宵闇の月明かりに銀髪を光らせ、薄く微笑んでいる。


「な、なんだ? どういうことだ!」

 

 ロクロウはグノに視線を戻して、問い詰めるような調子で訊ねる。

 だが、相手は相手で、恨みがましい目つきでロクロウを睨み返した。


「ふざけるな、こんなヤツまわしてきやがって! アンタのせいで……ぇっ?!」


 怒声の途中で、グノは地面に倒れた。

 その奥、少女の手には何やら刀剣のようなものが握られており、その直前に風を切るような音がしたことから、グノが伏せったのはこの少女の仕業によるものであるのは、ロクロウにもすぐに察しがついた。

 「とんだ堂師様ね」と言いながら、少女はグノの身を乗り越えて来る。


「ま、お小遣い稼ぎしているような教会堂師はアナタがはじめてってわけでもないけども、やり方が悪辣だわ」

「中央から離れるほど、ひとつの体制が慣熟するほど、不正や悪政が蔓延はびこるのは、哀しいけど歴史が証明してくれてるのよね~」


 少女とはまた違う声色も現れる。

 宵闇の中、黒毛の獣もグノの身体を乗り越えて来るのに、ロクロウも目を凝らしてようやく気が付いた。

 銀髪紅眼の少女。

 見たことのない、双眸色違いの「アヤカム」。

 二者が二者とも、教会堂師を睨みつけてくる。


「な、なんだ? お前たち……」

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