第10話

 武器らしい武器を手に取ることもなく、青年はただ言った。


「安心しろ、時間は取らせない」


 対する男の顔は、そのほとんどが隠されていて表情をうかがうことはできないが、不愉快そうにしたことだけはわかった。ひとつ、舌打ちが聞こえてくる。


「なんだ、てめえ。ふざけたことぬかしやがって」


 手にした武器が、神経質に揺れた。


「二人も三人も関係ねえ。おまえも、ここで奈落に送ってやる」

「それなら遠慮はいらないな」


 青年は、あくまで自分のペースのままだった。ぱちんと、指が鳴る。


 とたん、男が大きくのけぞった。すかさず、後じさった男のようすに、私は瞬きをした。まるで、あたかも攻撃を受けたかのような動きだった。一体どうしたのだろう。どちらも、攻撃らしい動作なんてしていなかったはずなのに。


「くそっ。まだだ、おれはまだやれる」


 頭を振りながら、男はナイフの先端を青年へと向ける。今度は、青年のほうが瞬きをした。


「ああ、そうか。三勝先取だったか」


 合点がいったというように、青年は呟いた。


「手間だな。一気に片付けるか」


 ぱちん、ぱちんと、連続で指が鳴った。ふらつきながらも対峙していた男が、その場に崩れ落ちる。私は、ぎょっとした。


「大丈夫ですか」


 さっきから、男性のようすはおかしかった。きっと、具合が悪くなったのだ。あわてて駆け寄ろうとした私を、けれど、青年の手が引き止めた。


「放っておけ。あれは演技だよ」

「演技?」


 おどろく私をよそに、青年は男性が取り落としたと思われる袋を拾いあげた。青年の手によって、袋にしまわれていたものが取り出される。日の光を浴びてきらめいたのは、私がサイトウさんに依頼されて作ったサークレットだった。


「奪還は成功した」と、青年は言った。


 つまるところ、それは依頼の――このシナリオの完遂を意味する。私は、しばし、呆けたように立ちつくした。


「拍子抜けしたか?」


 薄く笑った青年が、私を見た。


「だが、戦いなんてこんなものだよ」


 そして、彼は言った。


「本物の魔法が、おもちゃの剣でどうにかできるわけないだろ」


 では、それならば、彼は本物の魔法使いだとでもいうのだろうか。ただロールプレイをしているわけではなく、本当に、彼は――


「これは夢なの? それとも」

「言っただろ」


 ディップフラワーとワイヤーアートを組み合わせて作られたサークレットが、青年の言葉とともに太陽にかざされた。


「これは、胡蝶のゆめ。いめか、うつつか、決めるのは、おまえ自身」


 サークレットを飾る花々が、日に透かされて、青年の白いかんばせに、淡い青色の影を落とす。赤い瞳が、薄らぼんやりと光を放っていた。それでも、どうしてもコトが決めかねるというのなら、あのサークレットを探してみるといい――



  ※



 目が覚めたとき、私は自室のベッドにいた。まろぶようにベッドから降りた私は、ゆうべ持ち帰った荷物を確認した。イベントでの売り上げが入ったコインケース、人の手に渡らなかったいくつかの鉱石風ランプ、作品につけていた値札――家に持ち帰った物は、ほとんど、キャリーバッグの中に入っていた。だのに、それなのに、ひとつだけが見つからない。私が非売品として持っていった、あの琥珀色のサークレットだけが、忽然と姿を消していた。

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LARPに魔導具屋として出店したら、どうやら本物の魔法使いと出会っていたようです。(仮) 由良辺みこと @Yurabe_Mikoto

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