第6話 終わりの始まりの始まり5

部屋を出た悠斗は貰った地図を頼りに浴場へと向かう。

廊下には生徒達がまだ多く居たが、悠斗を見るとさりげなく視線を逸らした。触らぬ神に祟りなしと言ったところだろう。反応自体は普段と大差ないが、あからさまに関わりたくない雰囲気が漂っていた。悠斗的には特に気にするような事ではないが。

歩きながら貰った地図を確認する。

そこには浴場だけでなく王や王族の部屋、大広間や応接室。ほかに台所や食堂、廊下や階段の位置などの基本的な生活に必要な場所が記載されていた。

むしろ元の世界では無縁であろう武器倉庫などは記されていなかった。

これは結月が悠斗のニーズを完全に理解しているが故だ。

武具・防具類は下の階や城壁の近くに。守りに使うからだ。

他にも牢屋だったら地下や、こことは別に作られるだろう。

適材適所。非日常物はおおよその位置さえわかれば問題ない。

そのため、上階に対し下階の部屋はほとんどかかれていなかった。


浴場についた悠斗は脱衣所に用意された棚の一つに衣服を置く。

まるで日本の公衆浴場のような作りだ。

裸になり、浴室に入る。中央には大きな湯舟があり、壁際に仕切られた個室シャワーが並んでいた。

そのうちの一つに入る。中にはシャンプーやボディソープも用意されていた。

一通り洗い終え、湯に浸かる。

この時間に入る者はおらず、貸し切り状態だ。

どれだけ泳いでも暴れても誰の迷惑にならない。ただ、そんな幼稚な心を持ち合わせてはいないが。

静かにつかり、何も考えることなく体を休める。

少しの間使っていると、ふと人の気配を感じた。

脱衣所ではなく、風呂の奥。おそらく露天風呂であろう場所から。

湯気をかき分け姿を現したのは首より下が濡れている「裸の王様」だった。


「こんな時間から風呂か」

「そういうお前もな、ルーカス」


姿を現したルーカスは悠斗の横に足湯のようにして座った。


「さっきはご苦労だったな」

「もう少し準備しとくべきじゃないか?まぁいい」


そう言いながら悠斗は胸あたりまで浸かっていた身体をさらに沈め、肩まで浸かる。

最初から落下死するなど聞いていないし、帰り方も聞いていない。

更には兵士たちにすら何一つ伝えていない。

悠斗なら帰って来れると言うのは「死ねない」ことを知っていたのだろうか?

それとも知らずに言ったのだろうか?

仮に知らないとしたらこの話は当分しない方がいいだろう。


「それで、この世界はなんなんだ?街並みといい城内といい。この浴場はまるで日本の旅館とかにありそうだが」

「ニッポン。確かお前らの出身地だったな。確かにこの浴場はニッポンの風呂文化を参考に造った。二つの世界は繋がりが強くてな。時代や場所は関係ない。情報や技術が知識として人知れず広まっている」

「つまり、街も城もその知識を元に造ったのか?」

「全てがそうとは言わない。当然同じ人間の考えたものだ。この世界とそっちの世界で同じものが考えられることもあるが、そっちの世界の流行りが流れてくることもある。同じ世界の中でも環境によって考え方が違うこともあるだろう?」


確かに風呂がいい例だ。日本などで湯船に浸かる人が多いが、アメリカなど他の地域ではシャワーだけで済ませる人が多い。

環境によって違う文化が築かれるのは当たり前だ。

そして世界、それも前提から異なるこの場所で別の文化が築かれるのも、異文化交流がなされるのも必然だろう。

この世界はある意味元いた世界で未だに完全には成し得ない異文化混合の成功例かもしれない。


「なるほど。この世界はある意味完成されたひとつの形なのかもな」

「これで完成された形だとしたら随分と悲惨なものだな」


そう言うとルーカスは立ち上がった。


「上がるのか?」

「ああ、これ以上はのぼせるからな。そろそろ夕食だ」


ルーカスは個室に入り、サッとシャワーを浴びると出ていった。

悠斗もあとを追いかけるようにシャワーを浴び、脱衣所に向かうと既にルーカスの姿はなかった。


さっぱりした悠斗は部屋に戻る。

そこにはベッドの上で小さく寝息を立てる結月とメアリーの二人が。エルシアの姿はなく、優衣は夕日に照らされながら椅子に座って窓の外を眺めていた。

悠斗が戻ってきたことに気付いた彼女は悠斗に笑いかけると再び窓の外を眺める。


「二人とも流石に疲れたか」

「そうね。メアリーちゃんも少し無理してたみたいだし、ゆーちゃんもいきなりで疲れちゃったみたい。エルちゃんは二人が寝た後に夕食の準備があるからって行っちゃった」


優衣は淡々と告げる。普段の優衣と比べて覇気がない。どこか憂鬱そうに見える。


「怖いか?」

「……うん。怖い。いきなり過ぎて頭では理解してても心が追いつかないみたい。ゆーくんが……、お兄ちゃんが護ってくれるし、私達には力が、……あの力があるけど。でも怖い」


ここまで弱気の優衣はかなり久しぶりに見た。

普段は意思の強い優衣だが、中身はまだ17歳の少女だ。知識も経験もどれだけあろうと、怖さを紛らわす程度にしかならない。


「無理はするな。優衣は独りじゃない。結月がいる。メアリーもエルシアもいる。この世界は元の世界よりも怖いかもしれないが、今までと同じ必要はない。それに俺たちはどこでもずっと一緒だ」


単なる気休めでしかない。それでも、その言葉は何よりも優衣を勇気づけた。


「ありがと。いつも」

「……うぅ。ん……。ぅん?」


タイミングよく(悪く?)結月が目を覚ました。

体を起こし二人に見守られていたことに気付く。


「……はっ!すみません悠斗。だらしない所を見せてしまいました」

「疲れていたんだろう。かまわないよ」

「ありがとうございます」


そういうと結月は身だしなみを整える。

そのまままだ寝続けているメアリーをベッドに寝かせ直し布団をかけた。手際のいいことだ。

そうこうしているうちに日はさらに傾き、エルシアが夕食に呼びに来た。

彼女に連れられた先は結月の地図にあった大食堂だった。

食堂と言っても各々が注文して並ぶようなものではなく、すでに料理は並べられていた。

食堂にいたのはちょうど全生徒の半分よりは多いくらいだろうか?

既にこの世界を去った者もいるだろう。

並んでいる料理はどれもおいしそうだが、生徒たちの顔は曇っていた。

端のほうの人気のない所に座ろうとしたら、部屋の奥から大声で呼ばれた。

そんなことをするのは今一人しか居ない。

正直無視したかったが仕方なく部屋の奥へと向かう。

暗い顔をした生徒たちの恨みのこもった視線が悠斗に集まる。

そんな感情を向けられる筋合いはないが、仕方の無いことだう。

幸い、用意された席は彼らに背を向ける位置だったので、背中に視線が集まるのを感じるだけで済んだ。

それぞれが用意された席に座る。


「さあ、夕食の時間だ」

「少し待て。エルシアも席に」


悠斗の後ろに控えていたエルシアを席に促す。


「いえ、私はメイドですので……」

「ルーカス、問題ないよな?」

「別に構わん。エルシア、早くしないと料理が冷める」


ルーカスにまで言われた彼女は躊躇いつつも空席に座った。それを見てルーカスはテーブルの中央に盛られた料理を魔法で全員に分けた。


「「「いただきます」」」


悠斗、優衣、結月の三人は揃えて食前の挨拶をする。

これにルーカス達は、特にエルシアは驚いたような表情をした。

この世界にこういった文化は無いようだ。


「それで、わざわざこっちまで呼んだのは何故だ?」

「理由?そんなものないぞ。何か話したいというのなら話し相手になってやってもいいが」


何故だろう。ルーカスに対して殺意のようなものは湧いてくるが、それを彼に向けようとは思えない。

不思議な感覚を分析しつつ、湧き起こる殺意のようなものを抑える。


「随分と迷惑な。お前に力を貸すのをやめにしようか」

「まあそう言うな。冗談だ。それでお前らは他の奴と違って随分と明るいな。腹を括ったのか?」


こいつの冗談は分かりかねるが、気にしないようにしよう。

そう思いながら悠斗は優衣の方をチラッと見る。

彼女はさっき見せた暗い顔ではなく、美味しそうに料理を食べるいつもの明るい顔をしていた。


「……まあそんなところだ」


きっとまだ不安はあるだろうが、取り繕うことができる程度には回復したようだ。


「そうか、ならいいが」

「そういえば、お前にとってこの世界はなんだ?」

「俺にとってのこの世界?」


ルーカスは食事の手を止めると思考に耽る。

長考の末、彼は一言呟いた。


「ゴミだな」

「……え?」


エルシアがそう声を漏らした。すぐに小さく謝り食事を再開する。

これも冗談かと思ったが、ルーカスは真面目な顔をしていた。

きっと本気で言っているのだろう。


「……お前はこの世界を長い間護って創ってきたんだろ?それをゴミ扱いって」

「どれだけ力があっても、どれだけ優しい心を持ったやつがいても、醜いやつは変わらない。自らの無知を認めず、傲慢で愚かだ」


そう言うとルーカスは水を口に含む。


「すまないな。この話は別の機会にするとしよう」


彼が見てきたのは恐らく彼の望む世界ではなかったのだろう。

それを語るのに食事の席では相応しくないと思い、ここで話を切ったのは彼なりの優しさか。


「明日の話だが、あまり期待はするなよ?」

「明日?検査のことか。魔法が使えずともユウトなら問題ないさ。杞憂することは無い」


そう言ってルーカスは笑って見せた。


「「「ごちそうさまでした」」」


残りの料理を平らげた三人は食後の挨拶をする。

やはり知らない三人は驚く。


「 それじゃ、部屋に戻るとするか」

「やっぱりお前らは他とは違うな」


戻ろうと席を立った時、ルーカスは小声で呟いた。

それは悠斗達に気付かれることはなかった。


「ゴミってさすがにあんまりじゃない?望まないにしてもルーカスが治めて来たんでしょ?」


廊下を歩く途中、優衣が気になってたことを口にする。


「あいつがどれだけ関与したか知らないが、結局魔法も科学も、どの世界も大して変わらないみたいだな」


そう言って優衣と結月の頭を軽くなでる。

二人は嬉しそうに目を細め身体を悠斗の方に寄せた。


「それじゃ、おやすみ」


優衣と結月を部屋まで送り、悠斗も部屋へと向かう。


「えっと……その、ユウト様」

「どうした?」


部屋の前まで付き添ってきたエルシアは別れ際に躊躇いながら声をかけた。


「えっ……と、その……」

「?」

「……いえ、なんでもありません。失礼します」


何か言いかけた彼女は結局何も言うことなく下がった。

なんだったのだろう?

疑問に思うも、悠斗は引き止めず部屋に入る。

知らない間に部屋に備え付けられたランプに灯がともっていた。

悠斗はベッドに腰かけ、鞄を開ける。

鞄の中にあるパソコンを起動し、同時に手首の端末(Aerial Image Phone)、通称AIPhoneエーアイフォンのサスペンドモードを解除する。

名前について補足すると、これらの端末にはほとんどが人工知能を搭載しているため、略称に二つの意味を持たせるために「A」「I」が使われている。

ちなみに正式な読み方はエーアイフォンだが、かつての主流だったスマホで日本の半分近くのシェアを占めたOSの読みをそのまま使うのが主流だ。

名前の通りAIPhoneに物理的な液晶はない。空中に表示された半透明の光の膜が画面だ。

それらを巧みに操作し、AIPhoneで自動撮影した画像や動画をパソコンに送る。

初めに呼ばれた時の大広間や料理、街の風景も撮影している。それらを確認し、不必要なものを排除していく。

作業は着々と進み、編集したデータを保存するところでエラーが表示された。

クラウド保存について、当然圏外であるためネットなんかに繋がるわけが無いため、不可能だ。

幸いなことに重要なデータはクラウドに上げないようにしていたため、このパソコン内にある。

いづれこれらの物を用意するべきか迷いながら、パソコンとAIPhoneをしまう。

ロックのかけた鞄をタンスの中にしまい、寝支度をする。

と言っても特にすることは無いのだが。

部屋に取り付けられたランプはガス式ではなかったが、つまみを捻ると明かりは消えた。

窓からは満ちつつある月の光がより一層の差し込んだ。

空には満点の星。

まるで田舎にいるかのように思えるほど光り輝いていた。

同じ頃、同じ空を見つめる優衣。

風呂から上がり、結月と共に寝支度をしていた。

元々違う部屋だったが、優衣と同じ部屋になった生徒は元の世界に帰っていった。そのため結月がこの部屋に移動してきたのだ。


「優衣、どうされました?」

「んーいや、なんでもないよ」


ぼーっとしていた優衣を心配したのか、結月は声をかける。

それに対し、素っ気ない言葉を返した。

そうですか、と返し寝支度を進める結月に後ろから優衣は抱きつく。


「!?やはり何かありました?」

「……ううん。少しだけ、こうしてて」


珍しく弱々しい声の優衣にそれ以上詮索することをやめ、結月は静かに背中を貸した。


「いきなりごめんね。もう大丈夫。ありがと」


しばらくすると、普段と変わらない明るい笑顔を見せ、優衣は何事も無かったかのように離れて寝支度を再開する


(きっと大丈夫ですよ、優衣)


そう思いながら結月も手を動かした。

その夜、優衣と同じように不安を抱えつつもこの世界で生きることを決めた者達は月に見守られながら深い眠りについた。

そして、元の世界に帰ることを望んだもの達は月明かりの届かないところで、自らの命を絶つべく苦しみに耐えていた。

夜も深け、誰もが寝静まった頃、城の地下には断末魔が響き渡っていたそうな。

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楽園のナイトメア @suika_hosihana

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