第5話 終わりの始まりの始まり4

重厚な扉が開く。

悠斗はメアリーを抱え、入っていく。

召喚された時の大きな部屋。

奥の王座までの豪奢な赤い絨毯を避けて、両サイドに生徒たちがまとまって座っていた。

扉の開閉音に彼らの視線が集まる。

悠斗は堂々と真っ直ぐに、先に座るルーカスの元へ歩く。

生徒たちは悠斗に気付くと


「なんであいつが?それに格好も変」

「あいつ銃とナイフ持ってるぞ!」

「あの抱えられてる女の子は誰だ?」


と、ヒソヒソと仲のいい友達同士で感想を言い合っていた。

優衣は悠斗が帰ってきたことに喜んだが、抱えられたメアリーを見た途端不機嫌そうな顔をした。

そんな彼らのことはお構い無しにルーカスの前に行く。


「もっと時間がかかると思っていたが早かったな」

「これがお前の望んだものか?」

「ああそうだ」


そう言うとルーカスは手招きで一人のメイドを呼んだ。

メイドはメアリーを受け取ると、部屋から出ていく。


「……それで、約束の報酬だが」

「ああ、いつでも使えるようにしといたぞ。ほんとにあれでいいんだな?」

「問題ない。それで、今からどうするんだ?」


そう問いかけるとルーカスは立ち上がった。


「今からお前たちを部屋へ送る」


そう言うと指を一度鳴らす。

すると一人一人が光を纏い、やがて輪郭がぼやけ始めた。

人と認識出来なくなるほど輪郭が溶けた頃には目の前は眩い白い世界が広がっていた。


光が弱まり、視力が戻る。

そこはルーカスと生徒たちのいた大広間ではなく、着替えの時にメイドに案内された部屋だった。

いや少し違う。

直近で使われた後が無く、彼女と同じ甘い匂いがしない。

同じ間取りの部屋がいくつもあるのだろう。

部屋の中にはトイレ、ベット、化粧台にクローゼットがあり、クローゼットには同じ服が数着掛かっていた。

ひとつを取りだし、今来ている黒い服から着替える。

ブーツにズボン。上はシャツにジャケット。グローブまで用意されていた。

鏡に映る姿はそれこそ異世界物アニメの冒険者だ。

実際着てみると動きにくい。

空いたハンガーに掛けた黒い服と比較しているからだろうか。

大した防御力も無いのにわざわざこんな服ばかり着るのは何故だろう?

そんなくだらないことを考えながら窓を開け、ベランダに出る。

穏やかに吹く風が気持ちよく、少し傾いた日が暑い。

季節は恐らく日本と同じなのだろう。

下を見ると兵士達が巡回しているのが見えた。

高さは五階くらいだろう。上にもまだ部屋が続いている。

セバスに連れらてた時に見えた街はあまり見えず、手前にある豪華な建物や木々のみが見える。

悠斗は部屋の中に戻り、椅子に座る。

そのまま目をつぶると眠りの体勢に入った。

暇な時間を休息に充てるのは悠斗の癖と言っていいだろう。

意識を放棄する。ゆっくりと落ちていき、感覚がなくなっていく。

あと少しで完全に寝る。

それは小さなノック音に遮られた。

手放した意識が戻ってくる。

もう一度、ノック音が部屋に響く。

悠斗はゆっくり立ち上がると扉を開きに行く。

悠斗の睡眠を妨害したノックの主は、メアリーだった。

だが、彼女を支える人は一人もいない。彼女が自力で歩いてきたのだ。

廊下には他に制服もしくは着替えた生徒たちがこちらを見ている。


「少し話したい」

「分かった。入れ」


彼女を部屋のベッドに座らせ、自分は椅子をそばに持ってきて座った。

彼女は横になることも無く特に怠そうにもしていない。

服は真っ白なワンピースにベージュのベルト。

麦わら帽子を被せて夏の草原に立たせれば映えるだろう。


「もう一人で動けるんだな。リハビリはいらないのか?」

「まだ少し無理してる。けど大丈夫」


あの結晶の中に何年もいたのだから筋肉が著しく低下しているのが当たり前だが、これも魔法の力だろう。


「そうか。それで、話っていうのは?」

「私は私の全てをあなたに託した。だから私は悠斗のそばにいる」


セリフだけ聞けば重く感じてしまう。

この手のものは生半可に拒んでも意味が無い。キッパリと断るか受け入れてしまうかの二択だ。

そもそも、受け入れてるので断る理由は無いのだが。


「そうか。それで?それだけ言いに来たわけじゃないだろ?」

「うん。悠斗はこれからどうするつもり?」

「それは後でみんな集まってから話す」

「みんな?」

「ああ。……大切な家族だ」

「そう。ならそれまで休む」


そう言ってメアリーはベッドに横になる。

身勝手なやつだが寝かせてやるか。

そう思いながら悠斗も椅子で寝る体勢に戻る。

が、すぐにまたノック音に遮られる。

しかしさっきのような小さなノックではなく、力強く拳で叩いた時の音だった。

仕方なく扉の前に行く。

メアリーはというと既に寝てしまったのだろうか?一切気にした様子もなくベッドで横になっている。

扉開けると制服から着替えた男三人組が立っていた。

只川尚登ただかわなおと芦川亮人あしかわりょうと梅津匠汰うめづしょうた

彼ら三人は悠斗によく暴力を振るっていた。周りは止めようともせず、悠斗自身もあまり抵抗はしなかった。

彼らが悠斗に用があるとすればろくなことは無い。


「よぉ悠斗。水くせぇぞそんな可愛い子独り占めするなんて」

「俺らにも紹介しろや」

「こんなやつより俺らと楽しいことしようぜお嬢ちゃん」


見てわかる通りクズだ。

背は同じくらいだが、ラグビーをやっている彼らは悠斗より肩幅が広く、大きく見えた。

騒ぎ立てる三人に、周りにいた生徒たちも気になって集まって来た。

部屋に入ろうとする三人を悠斗は入り口の前に立って妨害する。

その膠着状態は長く続かなかった。

周りの生徒たちは突然の出来事に悲鳴をあげる。

彼ら三人がいきなり吹き飛ばされ廊下の壁に衝突したのだ。


「イテテ。テメェ何しやがる!?」

「ふざけんじゃねぇぞ!?」

「ぶっ殺す!!」


彼らは立ち上がりながら叫ぶ。

何が起こったのか分からず混乱していた。


「帰ってくれる?」


いつの間にかベッドから降りて悠斗の前に立ったメアリーは、もはや何の感情なく彼らを見るて、静かに凍えるような声でそう告げた。

彼らが吹き飛んだのは彼女の魔法だろう。


「ふざけやがってこのアマ!」


そう言って只川はメアリーの肩を掴もうとする。

しかしその手は肩を掴む前に悠斗に掴まれ、軽く捻られる。


「おい悠斗。何様のつもりだ?いつもみたいに大人しくしてりゃいいのによ」

「そろそろ終わりにしてくれないか?俺も彼女もお前らに用はない」


そう言いながら、庇うようにメアリーの前に出る。

それによって周りからも悠斗のことが良く見える位置になった。


「それともクズで低能なお前には言葉じゃ分からないか?」

「何?歯ぁ食いしばれよ」


完全に挑発に乗った只川は大ぶりのパンチを繰り出す。

いつもなら抵抗せずに食らっているが、今はその必要は無い。

左手を軽く上げると彼の右拳は吸い込まれるように悠斗の悠斗の掌に収まった。

少し鈍い音がしたが悠斗の左手は上げた場所から全く動いていない。

受け止められたことに驚いた只川は右手を戻そうとするが、悠斗の左手と共に一切動かない。

彼の太く筋肉質な腕は何度引き抜こうとしてもビクともしなかった。

引き抜くために後ろに重心をずらしたタイミングに合わせて悠斗は手を離すと、只川の体は大きく後ろによろけた。

それを倒れる前に芦川と梅津の二人は支える。

周囲の観客はそんな彼を見て嘲笑う者がいた。


「テメェ、いい加減にしろ!」


そう叫ぶと完全に怒った只川は立ち上がって今度は連続でパンチを繰り出す。

しかしどれも当たらない。大したキレもない力任せの拳を躱すことなど容易いこと。

当たりそうで当たらない。が、悠斗の顔は余裕に満ちたまま変わらない。

やがてラッシュがとまる。焦りに満ちた顔は汗をかき、息を切らしていた。


「はぁはぁ。……どうして当たらねぇ!?いつもみたいにくたばれよ」

「なんだもう終わりか。なら俺の番でいいな?」


そう言うと悠斗は肩で息をしている只川に大振りのパンチを繰り出す。

力任せのパンチを避ける余裕もなく顔面に食らった只川は吹っ飛ぶと廊下の壁にぶつかりダウン。

芦川と梅津が同時に悠斗に襲いかかるもそれぞれ鳩尾に一発ずつ肘打ちと膝蹴りをくらいよろける。

悠斗は二人を無視し、ダウンしている只川の元まで歩いていき、胸ぐらを掴むと


「これがお前と俺との差だ。身の程を知れ」


そう言って宙に浮かすと回し蹴りを喰らわせた。

打撃音とともに腕から何かが砕ける音が響く。

只川の体は野次馬を飛び越え、数回床で跳ねたあと転がり止まる。

残された芦川と梅津に向き直ると、二人は怯えきった顔のまま只川を担いで逃げていった。

野次馬は唖然としてしまい何かを言うわけでもなくその場に立ち尽くしている。

メアリーの元に戻ると丁度野次馬をかき分けて、見覚えのある顔が二人出てきた。


「ゆー君おつかれ。はいこれ持ってきたよ」

「ユウト様流石にやりすぎでは無いでしょうか?」


心配するエウルアと、労い預かっていたカバンを渡す優衣。

二人も見ていたようだ。


「優衣、ありがとう。特に問題ないだろう。それより話があるから入ってくれ」


そう言って悠斗はメアリーを含めた三人を部屋に入れる。

まだ周りに人はいたが、誰一人囃し立てる愚か者はいなかった。


「なんで怒らしたの?」


先にベッドに座っていたメアリーが聞いた。


「あいつらは無意味な力で自らを強く見せていただけだからな。自信のあった『力』で負けたとなれば馬鹿でも分かるだろ?それに返り討ちにされた形のほうが効果があるからな。観客を用意したのも同じだ。だからあいつらを怒らせた」

「ごめん。先にやっちゃった」

「構わない。あれのおかげであいつに火がついたのも事実だ」


確かに先に手を出したのはメアリーだが、実際に負けたのは悠斗にだ。

自分から吹っ掛けておきながら、絶対に勝てると思っていた先制を防がれ、反撃を食らう。さらに追撃は食らう一方で有効打を与えることが出来ない。

誰かを下に見ることで優越感に浸る彼らにとって、少なからず自信のあったことで何よりも下になることは苦だろう。

さらに大勢の前で醜態を晒したこともある。

無様で屈辱。これが悠斗が狙っていたことだ。


「それで、もういいの?結構派手にやったから隠せないと思うけど?」

「大丈夫だ、優衣。あいつらに力を見せる丁度いい機会だ。観客の一部はただ力が強かったという認識をしただろう」


大振りにしたのはあいつに差を見せつけるのもあったが、周りに力任せで勝てたという認識を植え付ける目的もあった。

評価を改める必要があるとは感じただろうが、少し高くなる程度で済むだろう。という結論に落ち着くだろう。


「それに、無理に力を隠そうとして他のことがバレることは本末転倒だからな」

「まだ何か隠しているんですか?」


エルシアは驚きと困惑の混じった顔をした。

まぁ無理もないだろう。


「そういえば、なんで普通にいるんだ?あの場に放っておく理由も無いが」


ふと思った事を述べる。

優衣と一緒に来たからそのまま部屋に入れたが、本来入れる予定のなかった人物だ。


「申し遅れました。私は悠斗様の専属メイドですので。お世話をさせていただきます。よろしくお願いします」


そう言うとエルシアは一礼した。

いきなり聞いてない話だ。ルーカスの回し者だろうか?


「そんな話は聞いてない。それに俺に必要は無いから他を当たってくれ」


実際身の回りの事は自分でできると自負している。

それに、断ったところで手伝おうとして来る優衣がいるのだからこれ以上増える必要は無い。

そう思い、不満そうな顔をしているであろう優衣の顔を見る。

が、彼女は特に不満も無くにこやかな表情だった。


「私は賛成。きっと役に立ってくれるよ、悠斗」


予想外の返答に悠斗は困惑する。

しかし、彼女の反応を見るに既に話をつけていたのだろう。

二人一緒に現れたのも直前までその話をしていたからだろう。


「そういうことなら、構わない。ただし一つ聞かせてもらう」

「……なんでしょう?」


悠斗の厳しい声色にエルシアの顔が強ばる。


「俺に関われば見に何が起きるか分からない。下手すれば死ぬかもしれない。邪魔となれば俺はお前を簡単に見殺しにするかもしれない。それでも俺に関わる覚悟はあるか?」


これは脅しでもなんでもない。

悠斗達が達に力を隠していたように、特に悠斗は目立つ訳には行かなかった。

状況が変わったからと言って全てをオープンにできるほど抱えてる秘密はチープなものでは無い。

だからこそ学校で関わる人物は減らしていた。


「その程度覚悟の上です」


一瞬の逡巡もなくエルシアは答えた。

力強い声で、整然とした態度で、己の覚悟を示して見せた。

これに悠斗は納得する。

彼女の何がこうさせているのか分からない。彼女の事も何一つ知らない。これだけ見れば信用に値しない。

軽率な判断と言えよう。

ただ、彼女の目にはそれを覆すだけのものがある。

今まで悠斗を見る目は腫れ物を見るようなものか、自己の利益のために利用しようとした薄汚い欲望の分かるものだった。

しかし彼女の目は違う。

彼女の眼差しには邪な考えは何一つ見当たらない。

きっと彼女は理屈ではない何か、例えば感情的なものが原動力なのだろう。

実際は優衣のお墨付きというのが、納得する理由の半分だが。


「それで、悠斗。これからどうするつもり?」


メアリーは再び悠斗に問うた。

これに対し答えず、悠斗は手を前に出す。

メアリーとエルシアは困惑した表情を浮かべる。

しかしその顔はすぐ驚きと警戒に染った。

その手に一枚の紙を渡す四人目がいたからだ


「お待たせしました。悠斗」


そこに居たのはセバスに渡した写真の少女。

小暮結月こぐれゆづきだった。

結月はそっと1枚の折りたたんだ紙を渡す。

そこにはこの城の地図が書かれていた。

と言っても要所のみを押えた簡単なものだが。


「おつかれ。どこかに腰かけてくれ」


悠斗は受け取った地図を見ながらそう言った。

結月は迷わず優衣の隣に腰掛ける。


「さて、まずは紹介しよう。彼女は小暮結月。家族みたいなものだ」

「よろしくお願いします、メアリーさん。エルシアさん」


結月は悠斗の紹介に続いて挨拶する。

名乗っていないはずなのに名前を呼ばれたエルシアは警戒を解いたまだ驚いている。


「彼女には一通りこの城のことについて調べてもらった。短時間だから仕方ないが二人のことくらい把握するのは容易いことだろう」


悠斗の説明にエルシアは困惑しつつも納得する。

己の知っている常識で測れないのは悠斗だけでは無い事を。


「それで、本題に移ろう。これからどうするかだが。エルシア、ルーカスは俺らをどうするつもりだ?」

「はい。えっと……明日適性検査を行い、それを加味した上で魔王討伐のための訓練をする予定です。ですから当分はこの城で過ごしていただきます。内容は主に魔法、武術による戦闘訓練です」

「なるほど。ならば戦闘訓練は別として、当分は同じくここで過ごさせてもらおう。頃合いを見てここを出るのもありだ。最終的に魔王を討伐することになるだろうな」


戦力として呼ばれたわけなのだから予想の範囲内だ。

ただ、この世界についても魔法についても知らないことが多すぎるため、細かなことは決められないのが難点だが。


「私たちが討伐する魔王はいつ復活する予定なの?」

「それは……、恐らく一年後です。優衣」

「恐らく?」

「申し訳ありません。詳しい日時は王にも分からないようで」


仮に一年と見積って、最低限あの王に勝るくらいの力は必要かもしれない。

少しばかり難しいかもしれない。

エルシアが優衣を呼び捨てにする仲であることを少し気にしながら見積もりを立てた。


「メアリーはどうするんだ?俺のそばにいると言っていたが」

「悠斗かここにいるなら私もここにいる。問題ない。と思う」

「そうか。ならいいが」


そう言って立ち上がると悠斗は扉の方に向かう。


「ゆー君?どこか行くの?」

「シャワーでも浴びようかと思ってな」


そう言って悠斗は部屋を後にした。

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