第4話 終わりの始まりの始まり3

 とりあえず身体に問題はなかった。

 問題はむしろ目の前にあった。

 進んできた一本道は何度も縦穴を挟み、方向を変えながらも、城から離れていった。

 何度か白い棒や塊が落ちていたのは以前来た者のだろう。

 そして行き着いた先には、大きな結晶と、その中で封印されている少女の顔だけが見えた。

 いつの間にか薄暗かったはずの周りは金色に照らされていて、周りがよく見える。

 さて、どうしたものか。

 封印の解き方を聞くのを忘れたが、恐らくルーカスもわかっていなかっただろう。

 結晶に触れて軽く叩いてみる。

 どんな鉱石よりも断然硬く、道具を使ったところで傷をつけられないだろう。


「……思ったよりも早かった」


 突然洞窟に声が響く。


「誰だ!?……この声は、さっきの?」

「そう。待ってた」


 学校で聞いたのと同じ声。


「もう少し時間がかかると思っていたけど、いい」

「何がいいのか知らないが、俺はどうすればいい?」


 封印されてる側に封印の解き方を聞くなど愚問だろう。


「私と契約して」


 そうでもなかった。


「私の全てを受け入れて。罪深い過去も、情けない現在も、そして贖罪の未来も。愚かな私を」


 そう言うと結晶の前にひとつの魔法陣が浮かび上がる。

 随分と重いやつだ。彼女については封印されていて、世界について知識のあるやつ程度の認識だ。


「受け入れろって言うのはお前のことを理解しろって事か?」

「違う。私はあなたに従う。だから私を見ていて。そしてもしもの時は私を止めて」

「つまり、主従関係を結ぶのと同時に、監視役になれと?」

「私たちは対等。私の意思であなたに従う。お互いの秘密を知って、お互いのために生きていく」


 お互いのため、まるで恋人のような内容だが、互いの利益のために契約を使うことも出来る。

 悪くない話だ。どのみち契約を結ぶ以外の選択肢はないが。


「契約は結ぶが、一つ条件がある」

「なに?」

「お互いのためではなく自分のためだ。お前にどんな過去があるか知らないが、誰かのために生きるのではなく自分のために生きろ」

「それは……わかった。ならその魔法陣に血を垂らして」


 魔法陣がほんの少しだけ書き変わる。

 それを見て、悠斗はナイフを取り出し、左の指先を少し切る。

 そのまま血を魔法陣に垂らすと、魔法陣と共に結晶が光を放ち、みるみるひびが入っていく。

 やがて大きな音と共に結晶は砕け散り、中から彼女が出てきた。

 倒れ込む彼女を受け止め、地面に寝かせる。


「これで契約成立」

「ああ。それで、服は無いのか?」


 結晶の中にいた時は顔しか見えてなかったため分からなかったが、何一つ纏ったものは無い。

 産まれたての赤子と同じだ。


「長い間封印されていたから。服は邪魔になって消した」


 せめて取っておけ。

 そんなことを思いつつマントを外し、彼女を包む。

 ナイフと銃が丸見えだが仕方ない。


「これで我慢しろ」

「……ありがとう」


 結晶は跡形もなく砕け散り、その先に通路ができていた。

 ここを進めば出られるのだろう。


「もう進むが立てるか?」

「体に力が入らない」


 無理もないだろう。ずっと閉じ込められて動けていないのだから筋力が低下していて当然だ。

 仕方ないので抱き抱えた。お姫様抱っこと言うやつだ。


「これでいいだろう」

「色々ありがとう」


 抱えた体は小さく軽く、小学生くらいに思えた。

 結晶が割れたせいかだんだんと辺りの光が弱くなり、薄暗くなっている。

 結晶の破片が少ないように感じたが、恐らく暗くなり始めて見逃しているだけだろう。

 特に気にせず進み出す。


「そういえば、名前は?」


 急を要することでは無かったため忘れていたため、歩きながら名前を聞いた。


「……名前。もう覚えてない。魔女って呼ばれてたのは覚えてる」


 魔法ばかりの世界で「魔女」とは。皮肉な事だ。


「だから……悠斗が決めて?」


 まさか自分が名前を付けることになるとは。

 名前が無いと不便だがら付けない訳にはいかないのだが。


「……『メアリー』なんでどうだ?」

「『メアリー』。……うん。メアリー。私はメアリー」


 彼女は何度か嬉しそうに繰り返した。

 特に理由はないがふと思いついたのをそのまま言ってみたら気に入ったようだ。


「そういえばメアリー。どうして封印されてたんだ?」


 ふと、気になったいた事を聞いてみる。

 するとメアリーは視線を逸らし顔を顰めた。


「すまない。言いたくないなら構わない」

「……いや、言う。私は……」


 そして彼女は自分の過去を語り出した。

 両親の顔すら知らない彼女は、森の奥で孤独にひっそりと暮らしていた。

 誰とも会うことは無く、いつも寂しさを感じていた。

 ただ一度だけ友達ができたが、事故によって会うことが出来なくなってしまった。

 しかし、その友達は彼女を変えた。

 もう一度、楽しいと感じた友達と過ごした時間が欲しいと思うようになった。

 そして彼女は友達にまた会うために、魔法を学び、寂しさに負けないよう努力をした。

 魔法をある程度習得した頃、彼女は森の外の世界が気になりだした。

 今まで森から出たことが無かった彼女には、外の世界に憧れと恐怖があった。

 それでも好奇心が勝り、外の世界に出た。

 そこでは多くの人が笑い合いながら暮らしていた。

 そこで、魔法を披露すると皆が驚き喜んだ。

 彼らも魔法が使えたが彼女ほどではなかった。

 はじめは抵抗があったが、彼らと打ち解け、そこで仲良く暮らし始めた。

 ある時、そこを治める人物に呼ばれ、「その秀でた魔法で私たちを助けてくれ」と言われた。

 お互いが助け合うものだと疑わなかった彼女は快く引き受けた。

 そして、自らの力を振るうことで人々の笑顔が増えたのを見て、彼女は幸福を感じた。

 誰かの力になれたことに喜びを感じた彼女は、さらに力を使い、小さな集落は大きくなり、領土を広げ、街となり、やがて国となった。

 いつしか友達と再開したいという目標を忘れた頃、もっと役に立てるようにと研鑽した魔法は他の追随を許さないほどにまで上達していた。

 そんなある日、王となっていたそこを治める人物に呼び出され、大きな城の地下に案内された。

 そこで見たのは苦しそうに働かされる奴隷の姿だった。

 さらにその奥には墓石のようなものが、せめてもの弔いのつもりだろうか。乱雑に置かれていた。

 彼らは皆侵略の犠牲者だった。

 王は「彼らは皆お前の力によってこうなった」と言った。

 そして「つけすぎた力に暴走されては困る」とも言った。

 誰かの幸せのために振るっていたはずの力が、人を不幸にさせていたことに衝撃を受けた彼女は、こうして自らを彼らに封印させた。


「騙されたと知ったのはその後だった。封印されても意識は残っていたから外の世界を観るための魔法を作った」

「それで、メアリーは何を目にした?」

「魔族と人間が争う姿」


 そして、分裂した世界、つまり悠斗のいた世界では人同士が争うのを幾つも観た。

 古来より人は多くの争いを繰り返し、お互いを殺しあって来た生き物だ。

 そんな人の本性を知って彼女は長い間絶望した。

 ちなみに騙した王は結局断罪されたらしい。自分が彼女によって滅ぼされるのを恐れ、暴挙に出た結果だ。

 彼女は無知だった自分を責め、それからは両方の世界を観た。

 そして自分の過去を見た時自分が頑張っていた理由を思い出し、その友達を探し始めた。


「そういえば、封印は自力で壊せなかったのか?魔法に秀でていたんだろ?」

「あれは私が作った魔法を弟子が私のために改造したもの。言うなれば私専用の檻。だから解放するのに適合者が必要だった。友達を探しながら先に見つけたのが悠斗だった」


 つまり悠斗は魔法を解くために呼ばれたという事だ。

 話しながら歩いていくと分かれ道に差し掛かった。


「これはどっちに行けばいい?」


 どちらも暗く先がよく見えない。

 メアリーは迷わず左をゆびさした。

 それを信じて左の道に進む。


 少し行くと行き止まりに差し掛かった。


「ほんとにこっちで合ってるのか?」

「その壁壊せる?」


 まさか物理で解決させようとしているのか。

 仕方ないのでメアリーを少し離したところに寝かせ、軽く叩いてみる。

 確かに壊せそうだ。

 悠斗はそう確信し、軽く腰を落として構える。

 そして一発。拳を突き出す。

 その拳は壁を容易く貫通し、全体にヒビが入り、崩れ落ちた。

 再びメアリーを抱え、外に出る。

 そこはちょっとした崖になっていた。

 周りには森が広がり、鳥のさえずりが聞こえる。

 木々に拒まれ、見通しがいいとは言えない。


「どうするの?」

「しかたないから登ってみる」


 そう言うと、崖を登り始めた。否、飛び始めた。

 凸になっている所を足場に跳躍し、登っていく。

 頂上まで着くと、辺りを一望できた。

 少し離れたところに明らかに城の形をした人工物が見える。

 直線で五キロと言ったところか。

 そう急いでいる訳では無いが悠斗は軽く走るように森をぬけ、駆けて行った。メアリーが辛くないよう重心を低く、あまり揺れないよう気を付けながら。


 そう時間はかからずに街を囲っている防壁の前に着いた。

 検問所の前にはそう長くはない列が。

 長くはないと言っても、彼らの目立つ格好が人の目を引くのは仕方ないこと。


「随分変わった格好だね。まあいいや。通行証出して」


 順番が来て、検問所の陽気そうなおじさんはそう言った。

 しかし、当然悠斗は困惑する。通行書など貰ってないのだから。ないものを出すことは出来ない。


「ルーカスから聞いてないか?」

「ルーカス?もしかして王様のことかい?最近は王様の知人だと言って入ろうとする輩が増えててね。一体何年生きてんだって話だけど。とりあえず何も聞いてないね。通行書がないなら入れないよ」

「じゃあ異世界から召喚する話を聞いてないか?」

「そんな話聞いてないよ。まだなんかあるなら捕まえてから聞くけど?武器持ってるみたいだし、それ没収するよ?」

「いや、失礼した」


 話が通ってないのは困った。ルーカスの準備不足感を否めないがここで嘆いても仕方ない。

 検問所を離れ、外周を少し歩く。


「入れないの?」

「入るさ。少し乱暴だがな」


 そして、壁を登り始めた。崖を登った時と同じく飛ぶように。

 当然登っている間に誰かに見つかり、兵士たちが出てくるのは承知の上だ。

 現に防壁の内外どちらも兵士が群がっている。

 さらに防壁の上で登ってくるのを待ち構えている兵士もいた。

 だが、悠斗にとって問題にはならなかった。

 防壁の上にいる兵士は防壁の天辺の手前、最後の足場で高く飛び上がり、彼らの頭上を越えて、防壁の内側の端に着地。

 下に群がる兵士は落ちてくるのを今か今かと待っていたが、その期待は裏切られた。

 防壁の上から飛んで着地した。建物の屋根に。

 そして次から次へ屋根を飛ぶように駆けて行く。

 兵士たちは慌てて追いかけるが、多くの人集りに足止めされた彼らが屋根を軽々と駆けて行く悠斗に追いつく訳が無い。


 城に向かいながら下見る。

 そこはちょうど市場で、活気に溢れていた。

 ふと、路地裏に目をやると、所々痩せ細った子供や、みすぼらしい姿の人がいた。

 これは政治が悪いとは言いきれない。どうしても苦しい生活を強いられる者はどの世界にもいるようだ。日本にだっているように。

 さらに進むと、建物が豪華になって行った。

 思ったより階級差が目に見える形で明確にされているようだ。


 段々と城が近ずき、何か騒がしいことに気付く。

 兵士達が慌ただしくしているのが見える。

 恐らく何かしらの方法で悠斗が向かっていると言う連絡を受けたのだろう。

 堀の上の橋に隊列を組み、城壁にも何人もの人が。

 そんなことお構い無しに悠斗は進む。

 次の瞬間、弾けるような爆音が一瞬のうちに何度も鳴った。

 鉄砲が悠人に向けて撃たれたのだ。

 狙われていることがわかっていれば躱すことは悠人にとって容易い事だ。悠斗は気にせず足を進める。

 火縄銃のような装填に時間のかかるタイプのため次はすぐには飛んでこない。

 悠斗は欄干を走り抜ける。橋で構えていた兵士が剣を振るうが、舞うようにそれを躱し、城壁を乗り越え侵入。

 そのまま城の壁を登る。崖や防壁と同じく飛ぶように。

 そして空いてる窓から中に入り、廊下を進む。

 まだ構造が分からないため闇雲に進んでいると、ちょうど廊下が交差しているところで兵士に囲まれてしまった。

 お互い少し距離を保っているため蹴りの間合いでは無い。


「侵入者発見!直ちに拘束もしくは排除する!」

「「「了解!」」」


 兵士の上官であろう先頭にいた男がそう声を張ると、兵士達は右手を前に出した。

 すると手の前に魔法陣が浮かぶ。

 一人がそこから火の玉を悠人に向けて発射した。

 それなりの速度をもって飛ばされたそれは、魔法を使えない人物に対してなら足止めするのに十分な効果を発揮しただろう。

 しかし相手が悪かった。

 悠斗はそれをサッカーボールのように蹴ると跡形もなく霧散した。

 それに兵士は驚きを隠せない。しかし、さすがは戦闘に身を置く者。すぐさま同じ火の玉を何人もが間髪入れず発射する。

 それら全てを躱すもしくは霧散させ、少しづつ間合いを詰め、一人また一人と蹴りを入れていく。

 当然兵士たちもただ蹴られる訳では無い。受けの姿勢に防御魔法で一発めは受け止める。

 しかし、続いて繰り出される二発目に反応出来ずダウンしていく。

 やがて意識を保っているのは悠斗達と上官だけになった。

 上官は火の魔法を止め、自己強化の魔法を使い、身体能力を上げて応戦する。

 拳に蹴り、それらを組み合わせて悠斗に間髪入れず攻撃を仕掛けるが、どれもいなされる。

 攻撃の一発の重さも速度もいくら兵士とは言え、そう簡単に出せるものでは無い。魔法によって強化された一発は、どれも空を切る音がする。

 しかし当たらない。そして当たらなければ意味が無い。

 悠斗は空振りで生まれた隙を見逃さず蹴りを入れていく。

 しかし、そう簡単には落ちない。いくら小さく軽いとは言え、抱えているメアリーに動きが制限される。その上強化された筋肉が邪魔でうまく叩き込めない。

 そうこうしているうちに、上官のスピードが落ち始めた。

 恐らく強化魔法の反動だろう。やはり体力の消耗が激しいのがこの魔法の難点だった。

 そして悠斗はそれを狙っていた。

 スピードが落ちればこちらが攻め込むことは容易いこと。

 だんだんと有効打が増えていき、最後に蹴り上げると、上官の体は宙を舞い、ダウンした。

 一息つくとその先に見覚えのある顔が。

 それはセバスだった。


「随分と派手になさいましたね」

「すまない」

「いえ、お気になさらず。ご案内致します」


 そう言って振り返り歩き出すセバスに悠斗はついて行く。


「ねえ、悠斗」

「なんだ?」

「……いや、なんでもない」

「?……そうか」


 何か言いかけたメアリーを少し気にかけながらも、廊下を歩いて行き、大きな扉の前で止まった。

 恐らくはじめの大広間だろう。


 扉が音を立てながら開かれていく。

 その大広間に、悠斗はメアリーを抱え直して入っていった。

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