第3話 終わりの始まりの始まり2

 真っ直ぐな一本道を進んでいくと道は終わり、下に続く縦穴があった。

 十メートルほどの高さを飛び降りる。

 そこは上と同じように、方角は違えど真っ直ぐな一本道が続いていた。


(まだまだ長そうだな)


 足を進めながら再び何があったのか思い返す。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  ※ ※ 


 大きく開かれた両開きの扉。部屋には大きな長机が置かれ、その先の所謂ホスト席に「王」と名乗った男が座っている。

 その後ろの壁際には前の部屋と同じように使用人らしき人達が数人立っていた。

 さらに、大人が余裕で入れそうなほど大きな暖炉が一つ。


「王様。お連れ致しました」

「そこへ座らせろ」


 そう指定した席は王から見て左前、十席あるうちの一番の上座。

 セバスは慣れた手つきで引いた椅子に悠斗を座らせると、一礼し部屋から出ていった。


「さて、貴様名前は?」

「……お前は名乗らないのか?」


 そういえばセバスに名乗っていなかったなと思いながら質問で返した悠斗は、机の上に置いてある水を一口飲む。

 その水は普段使用している水道水とは違い、明らかに天然物だった。水道水にある薬臭さ(ほぼ無いが)が全くなくなくおいしい。


「……ッフ。フハハハハ。俺にそんな態度をとる奴は久しぶりだ。確かに名乗っていなかったな。俺はルーカス。それで貴様の名は?」


 大笑いしながら名乗った王、ルーカスは再び聞いた。

 それに対し、悠斗はコップを置いてから答えた。


「小坂悠斗だ。それで、何から答えてくれるんだ?」

「そう焦るなユウト。それよりも、一つ仕事だ」

「いきなりだな……。内容は?」

「簡単な事だ。地下に封印されてるものを連れて戻ってくればいい」


 確かに簡単だ。ただ、


「それをしてどうなる?それに、どうして俺なんだ?」


 それだけでは仕事をこなすことも悠斗であることも必要性がない。


「今まで成し遂げたものはおろか戻ってきた者はいない。一度俺も試したが無駄足に終わった。だが、お前は別だ。それに、やらなければ話が進まん」


 それは死ぬ可能性が高いということと同じではないか。

 悠斗は別だと言う確証はあるのか?

 それに話が進まないとはどういうことだろう。


「……断る」

「残念だがユウト、貴様に拒否権はない」

「随分と強引だな」

「行ってもらわないと困るからな」

「なら行く気になるよう努めたらどうだ?」

「なんだその態度は!王様に失礼であろう!」


 慕っている王に不遜な態度をとったことに怒ったのだろう。執事の一人が声を荒らげた。


「下がれ」

「しかし王様……」

「下がれ!」


 ルーカスに静かに咎められた執事は不満そうな顔をしながら、何か言いたそうなのを我慢した。


「すまんな。それで、何が望みだ?」

「まずは仕事についての詳細を言ったらどうだ?」

「いいだろう。さっきも言ったが封印を解いてもらう。封印されてるのは一人の少女だ」

「少女?」

「そうだ。そいつは何千年も前に封印され、今まで世界をそこから見てきた。そして貴様らをこの世界に呼ぶ術式を組んだ」


 人の封印。何千年も世界を傍観してきて、俺らをここへ呼んだ張本人と言ってもいいだろう。

 それに術式。

 ファンタジー要素を十分に感じれる。


「それで、術式を提供する代わりに俺をよこせと。そういう契約か?」

「鋭い奴だな。その通りだ」

「会う前から交渉に使われるとは。……まあいいだろう。それで、報酬は?」

「まだ望むのか?」

「今のは事前情報だ。報酬とは別だ」

「仕方ない。物にもよるが欲しいものをくれてやる。金か?地位か?」

「そんなものは要らない。欲しいのはここにある全ての書物の閲覧権だ」


 少し沈黙が訪れる。ルーカスは少し驚いた顔をしていた。


「……そんなものでいいのか?」

「何か問題が?」

「いや、特にないが。本当に金や地位を望まないのか?」

「金も地位も今すぐ必要ってわけではないからな」

「しかし字はどうする?声は召喚時に分かるようにできたが字は読めんぞ?」

「その程度問題にはならない。とりあえず交渉成立ということで……」


 言い終えた直後ドアが開いた。


「お連れしました王様」


 そういいながらセバスを先頭に選出された九人が入ってきた。

 結局優衣は来れたようだ。どうやって説得したのかは聞かないことにしよう。

 メンバーは教員・生徒共に各学年一人ずつは選ばれていた。

 案内され、それぞれが席に座る。

 悠斗の隣に優衣。その隣に順に、各学年の代表が学年順に。

 悠斗の向かいに校長の班目。隣に順に、副校長と各学年の代表が順に座った。

 大半が悠斗の座ってる位置に疑問や不満を持っていたが、誰も触れることはなかった。

 全員が席に着くと脇の扉が開いてメイドが料理を運んでくる。

 厨房が隣の部屋にあるのだろう。

 生メイドの給仕に誰も驚かないのは、予想できたからだけでなく、学校の特性上富裕層、特に政治家や大企業の社長の子が多く、使用人がいるのが当たり前な家が多いのが大きいだろう。

 彼らにとっては「当たり前」なことだ。

 料理が運ばれる間にルーカスは全体に向けて名乗り、九人も軽く自己紹介を済ませた。


「なるべく貴様らの料理に似せてみたがどうだ?食べてみろ」


 運ばれてきた料理の見た目は、コース料理の前菜としては素晴らしいものだった。

 だが、誰もなかなか料理に手を付けようとしない。

 いきなりの出来事にまだ混乱しているところがあるのだろう。呼ばれた自分らに毒を盛ったところで困るのは彼らだと言うのに。

 悠斗と優衣は特に警戒することなく前菜を口にする。

 その二人に何も起こらないことを見て他の人も恐る恐る口にした。

 それは見た目通りのおいしさで、食べた者の食欲を十分に掻き立て、前菜としては十分な働きをした。


「その反応を見るに問題なさそうだな。では本題に移るとしよう」


 それからルーカスは少し話をした

 この世界には魔法が存在していて、マナを使って術式を発動することによって使えること。

 人族、魔族、妖精、神など知能を持った種族は他にも多く存在していること。

 1000年前に戦争をしていた人族と魔族が世界を二つに分け、互いに干渉できないようにしたこと。

 その魔王が復活し再び戦争が起きた時に魔王を討伐するために俺らが呼ばれたこと。

 話しの間も料理は運ばれてくる。前菜の後、パンとスープが運ばれ、次に肉料理、そしてデザートとコーヒーが運ばれた。


「どうだ?状況は大体わかったか?」

「……」


 誰も何も言わない。

 皆暗い顔をしていた。料理の味を楽しめてはないだろう。

 食事に気を紛らわせてたことがせめてもの救いと言ってもいいくらいだ。

 今までファンタジーのコンテンツ内の、言わば娯楽要素と思っていたことを目の当たりにすると、どうやら現実から目をそむけたくなるようだ。

 ただ、二人を除いて。


「ゆー君これすごくおいしいね」


 優衣はデザートを美味しそうにほおばりながらコーヒーを味わっている悠斗に話しかけた。

 優衣はデザートをお代わりして二個目だ。悠斗もコーヒーは二杯目だが。


「二人はずいぶんと楽しそうだな。何か感想はあるか、ユウト」

「……思ってたよりも、おいしかった」

「……フフ、フハハハハ。やはりお前は面白い。そう言うのならいつか料理対決をしようではないか!」


 何故か料理対決をすることになってしまった。

 心を整理しきれてない彼らにはそんなことどうでもいいのだが。


「ルーカス王。つまり我々はその魔王を倒せれば帰れないのですか?他に方法は?」

「お前は、ヨシキと言ったか?魔王を倒せば帰れるが、そう簡単なものではないぞ?当然死を覚悟しろ。他の方法だったら、次の夜明けまでに死ねばすべて忘れて帰れる」


 これに対して芳樹は言葉を失った。

 死の苦しみを味わうか、常に死と隣り合わせの世界で死を覚悟して戦い生き残るか。

 どうやっても死が付きまとう。

 文明の進歩により自身の死とかけ離れた世界で生きてきた彼らにいきなり死を突き付けるのは酷だろう。

 芳樹の反応はいたって普通の反応と言える。


「ユウトそろそろ仕事の時間だ」

「仕事?こいつにどんな仕事ができるんだよ」


 そういったのは二年教員の中村邦夫なかむらくにおだ。悠斗に対していつもよりも当たりが強いのは仕方の無いことだろう。


「そういえば悠斗が一番強いっていうのはどういうことですか?」


 続けて二年生徒の佐藤一成さとういっせいが質問した。


「なんだ?ユウトがお前らの中で一番全てにおいて優れているからそういっただけだが?」


 皆が言っている意味ができないのも当然だろう。

 学園の誰もから無能と思われているのだから。


「それよりユウト。準備はいいか?」


 悠斗は少しだけ残っていたコーヒーを飲み干すと、


「さっき料理対決と言っていたがほんとにやるのか?」

「当然だ。貴様がどんなものを出してくるか今から楽しみだな」

「なら賭けをしよう。負けたほうが勝ったほうに何かをするのはどうだ?」

「それは勝つ自信があるから言ってるのか?」

「お前に負けるつもりは無いからな」

「貴様、言うでは無いか」

「正直に言っただけだ。お世辞とでも思ったか?」

「貴様また王を侮辱するつもりか!」


 先ほどと同じ執事が再び嚙みついてきた。

 王には随分な忠犬が付いているようだ。


「俺を怒らしたいのか?」

「しかし王様。こいつがまた王様の事を……」


 ルーカスはその執事を睨む。

 執事は続きが声にならなかった。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように執事は固まっていた。

 そして悠斗、優衣、斑目以外は震え怯えていた。それが研ぎ澄まされた殺意だと知らずに。


「すまんな。それでユウト、そろそろ」

「なら、少し準備をしたいから部屋を貸してくれ」


 それに対しルーカスは手で合図した。

 すると壁際に控えていたメイドが一人前に出てきた。


「そいつに案内してもらえ」

「エルシアでございます」


 そう名乗って一礼したエルシアは横のドアに向かって歩き出す。

 悠斗は床に置いておいた鞄をとって彼女のあとをついていく。


 広い城内を歩き、マンションのようにドアが並ぶ廊下を進んでいく。


「こちらの部屋をお使いください」


 どうやら目的の部屋についたそうだ。

 部屋の中に入るとほのかにエルシアと同じ甘い匂いがした。

 部屋はきれいに整えられゴミ一つない。

 彼女はドアの前に立って


「そうぞご自由にお使いください」


 と言った。


「外に出てもらっていいか?」

「何故ですか?」

「あまり見せたくないんだが……」

「構いません」


 あまり人に見せて互いに気分のいいものではないため退出するよう言うがなぜか断る。

 それから何度か頼むも頑なに断ってくる。


「仕方ない。せめて向こうを向いててくれ」

「……分かりました」


 そう言うと後ろを向いた。

 結局外に出ることを拒む理由は分からなかったが、とりあえずはいいだろう。

 そう思いながら鞄から服を出す。

 今着ている服をすべて脱ぎ裸になると、取り出した服に着替え、脱いだ服を綺麗に畳んで鞄にしまう。


「もういいぞ」


 振り向いたエルシアは驚いた。

 全身が黒いマントに覆われ、見えているのは顔だけだ。

 ついさっきまで青年だった彼は突然不審者になっていた。

 しかしエルシアはすぐに落ち着きを取り戻し、部屋を出て、きた道を戻る。

 先ほどの部屋に戻っても同じ反応をされたのは言うまでもない。

 それは王も例外ではなかった。


「優衣、これを預かっててくれ」


 そう言って鞄を差し出す。

 優衣はそれを大事そうに受け取ると


「早く帰って来てね」


 と言った。


「こちらへどうぞ」


 何度か悠斗の不遜な態度に怒った執事がそう言いながら暖炉のほうを指す。

 不思議に思いながらも近づくと、執事は暖炉の中へ入り、奥の壁に手をかざす。

 すると、その壁が光を発し、左右に裂けた。

 その先には大きな縦穴が。

 覗き込むが暗くて底がよく見えない。

 まさかここをを飛び降りるのか。

 一度振り返ると執事と目が合う。

 王達は暖炉に阻まれて見えない。

 どうやら道はここだけしかないようだ。

 もう一度穴を覗いたとき、いきなり後ろから突き落とされた。

 誰に?もちろん執事に。

 何故?知ったこっちゃない。

 最後に見えた執事の顔は満面の笑みだった。

 縦穴は長く、落ちていくにつれてどんどん狭まっていく。

 不幸なことに逆さになって落ちている体を回転させるほどの幅はもうない。

 そのまま真っ逆さまに底まで落ちていき、意識を失った。

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