第2話 終わりの始まりの始まり
――ゆっくりと意識が覚醒していく。
(ここはどこだ?)
暗くてひんやりとした場所。ゴツゴツとした感触は岩だろう。
まるで洞窟だ。少し湿っぽさもある。
(どうしてここに……?あぁ、突き落とされたのか)
ふらつきながらも立ち上がり、一本道を壁伝いに歩いていく。
(何があったんだ?確か……)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
周りの騒がしさに目を開く。
どれだけ時間が経ったのか、何が起こったのか、気を失ってたのかさえも分からない。
ただ、激しい頭痛は嘘のように消え去っていた。倒れた時の汚れと共に。
ゆっくりと体を起こし周囲を見渡す。
高い天井には大きなシャンデリアが二つ。下部に少し装飾が施された大きな窓が何枚も並び、その下には両開きの扉が等間隔で並んでいる。
壁の石材は恐らく大理石だろう。
床は、奥の一際大きな扉から縦長の赤いカーペットが敷かれ、学校にいた時と同じように模様を描いて光っていた。その上に生徒・教員が座り込んでおり、囲うように数人のフードで顔を隠した黒いローブ姿の人たちが右手を前に出して立っている。壁際には使用人らしき姿の人たちも数人。
そして、ずっと気になっていた視線。それは少し高いところ、短い階段の上に置かれた豪華な椅子に座った男のものだった。
他と比べて派手で、露出の多めな服の間からは程よくたくましい筋肉が見える。
頭には宝石の散りばめられた冠を載せ、その輝きに負けないほどの金色の髪。歳は若く30歳程度に見えるが、どうしてももっと年老いてるように感じる。
そんな男と目が合う。少しの間目を合わせていると、男の口角が僅かに上がったように見えた。
男は視線をそらし全体に向き直ると、右手を軽く上げる。
すると
さらにざわめきが増す。
そんなざわめきをかき消して、大きな声が響き渡る。
「よく来た異世界の者たちよ。俺はここニルクテスの王である」
残響が消え、静寂が訪れる。
誰一人喋らず次の言葉を待っていた。いや、ただ混乱して言葉が出なかったのかもしれないが。
「やはり想像通りの間抜け面だな。わざわざ貴様らのために食事の席を用意した。よって話のわかるやつを十人用意しろ」
そう言うと視線を落とし、悠斗のことを指さした。
「……それと、こいつは必ず連れてこい」
悠斗は少し驚き、そしてすぐため息をついた。
「準備が出来たらそこのセバスに案内してもらえ。そう長くは待たせるなよ?」
そう言うと王は指を鳴らした。すると王の体が光の粒子に変わり、空中に霧散した。
誰も何も言わない。
少しして「……えっ?」という誰かの声が静寂を破り、ざわめきが戻る。
不可思議な現象を見たせいか、前より騒がしかった。
悠斗は時間を確認するために腕につけたエアフォンを起動させた。
まず初めに空中に表示されたのは圏外の報告だった。それを消し、時間を確認すると最後に見た時から五分程度しかたっていなかった。
(この短時間でこんな大掛かりなことが簡単にできるか?圏外は電波障害としても、これだけの人数を運ぶ手段と場所は近場にはなかった。だとするなら俗に言う異世界転生というものになるのか?)
などとオカルトじみたことも考えながら何故か持ってこれた黒いケースを開け、中をいじる。
しばらくして一人の男子生徒が立ち上がった。
「みんなまずは落ち着け」
とても大きいとは言えないその声を聞いて、ざわめく生徒たちはすぐに黙る。
声の主は生徒会長の
他の生徒より一足早く正気を取り戻したのだろう。
芳樹は実力で生徒会長へ上り詰めた。常に下位と差をつけ、堂々の成績トップ。素行もよく、教員からも頼りにされている。
周りからは畏怖と共に尊敬の念を抱かれており、ほぼ全生徒が彼を信頼している。
そんな彼の声は張り詰め混乱した生徒たちをかろうじて安心させた。
「ここでどれだけ焦っても埒が明かない。だからあの食事の話を受けようと思う」
生徒たちは静かに芳樹の話を聞いている。
一度区切って芳樹は話を続ける。
「少なくとも現状を知るには一番手っ取り早いだろう。そのため、教員・生徒各五名を選出する。それで構いませんね、
校長と呼ばれた、白髪・白髭を生やした風格のある老人、
そして、教職員を自分の元に呼び集めた。
「よし。では、こちらも始めるが、全て生徒会からの選出で問題ないな?」
元からそのつもりだったのだろう。生徒への問いかけというよりかは、確認、いや強要のニュアンスが強いだろうか?
生徒からは反対する様子はない。
「よし、ならば……」
「ちょっと待って、私も行くわ」
話を続けようとした芳樹の声を一人の女子生徒が遮った。
立ち上がった彼女を見て、どよめきが生まれる。
「
小坂と呼ばれた少女、
芳樹と同じように成績トップ。
過去に生徒会にスカウトされたこともあるが、それをことごとく断り、強制のできない生徒会は渋々手を引いた。そのためか、少し生徒会とわだかまりがあるのではと噂されている。
絹のような黒く長い髪と白く透き通るような肌。少し高い身長に見合った体つきは完璧にバランスが取れていて、周囲とは段違いに優れていた。絶世の美女という言葉が似合うだろう。
人付き合いは悪くなく口論をすることはまず無いが、それは容姿などが相まって少し距離を置かれてるからかもしれない。
ちなみに、バカがつくほどの身の程知らずと極度の自信家が何人か告白したが全て再挑戦する気力を無くしていた。
ちなみに悠斗とは血の繋がった家族だ。
そんな彼女は芳樹の疑問に対してすぐに反論する。
「ええ。さっきの男の話を忘れたの?彼がゆーくんを連れてくるように言ってたのを。生徒会で固めてゆーくんを連れていかないつもりだったでしょ?」
声色こそ優しめだが口調には少し棘が感じられる。
「ああそうだ。あの男の要求を飲む必要は無いだろう。たった五枠しかないのだから邪魔者に譲る席はない。それに、あの男は話のわかるやつと言ったんだ。奴にそれが務まるはずないだろ」
芳樹は当然のように真っ向から反対を示した。
彼の言うとおり、悠斗は周りからはあまり良い評価はされてない。
彼らの通う学校、『国立特別教育高等学校』はその名の通り、特別な教育を施している。未来の国を担う人材育成に力を注いでおり、高校でありながら設備は大学並みだ。
授業も高度で進度は早く、毎年退学者が数人出る。
高校入試が他の難関校と比べて頭一つ抜けており、編入試験はそれ以上に難しく合格ラインも厳しい。
そんな試験を合格し、悠斗は開校十数年で初めて編入してきた。
当然、周囲からの期待は高かった。しかしその期待はことごとく裏切られた。
登校初日は現れず、授業に出席することがほとんどない。
授業中も誰も気付かない間に教室から居なくなるため不気味がられたり。誰に対してもあまり対応を変えない優衣が唯一親密に接しているため、嫉妬する生徒も多かったり。
そんな問題を抱えてる上に、成績が可もなく不可もなく平凡なのだから、問題ありのレッテルを貼られているのは仕方ない。
つまり芳樹の言う通り、彼らの印象では連れていった所で枠を潰す邪魔者になる可能性が高いのだ。
まぁ、悠斗自身その評価を微塵も気にしていないが。
「お話中申し訳ありませんが、王の機嫌を損ねないようにするのが、今後この世界で生きていく上でも得策だと思いますよ」
話が進まないのを見かねたのか、ゼバスと呼ばれた男は話に割り込んできた。
「それに、王が彼を指名したのはこの中で一番優れていると判断したからですよ」
その発言に生徒たちは「どうしてあいつより下に見られるのか?」と不満を述べていた。
セバスは構わず一礼すると壁際に立ち直した。
芳樹のこぼした「この世界で過ごすつもりはないのだが……」という発言は聞こえていなかっただろう。
「だが、奴に意志を確認していない。連れて行くことを強要することは出来ないしな。奴が辞退すると言えばお前が行く必要もないだろ?」
芳樹はまだ行かすつもりは無いようだ。
強要は出来ないと言いながら、辞退することを強要するような目で悠斗を睨む。
生徒全員の視線が悠斗の背中に集まる。
悠斗はわざと音を立ててケースを閉め、ゆっくり立ち上がると優衣の方を向き直り、
「説得は任せた」
そう一言だけ告げてセバスのもとへ歩いていく。
少しセバスと話したあと、二人一緒に左脇の扉から出た。
扉を出ると庭のようなところに出た。
綺麗に整備された芝の真ん中に置かれた小さな噴水の水は、空高くにある日の光を反射して輝いていた。
庭の外周は石畳で敷きつめられ、壁(と言うよりかは柵)からは、街が見えた。人が忙しく行き交う活気で溢れた市場。居住区や工場らしきものも見える。それらは全て小さく、遠くには大きな草原や丘が見える。
庭を挟んだ向かいの一番端の扉から再び中に入る。
そこから広い城内を少しばかり歩き、ある大きな扉の前で止まった。
「こちらでございます」
そう言って扉を開こうとするセバスを悠斗は静止した。
「ゼバスさん?でよろしいですか?」
「ああ、失礼しました。私セバスチャンと申します。どうぞセバスとお呼びください。先程も言いましたがもっと砕けた口調で構いませんよ。それで、どうなさいました?」
「ではセバス、一つ頼み事があるんだが」
早速砕けた(?)口調で告げ、二つ折りにした小さい紙と少女の写った写真を差し出す。
「この写真の子にこの紙を渡して欲しい。渡すだけで構わない」
「なるほど、かしこまりました」
セバスは二つ返事で承諾し、写真と紙を受け取った。
「他にご要件は?」
「これだけだ」
今度こそ、セバスは扉を開き、悠斗は部屋の中に入った。
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