第2話 敵地へと向かう
初夏の空のはかなさと浜辺の日の返しは、海の蒼さを際立たせて、時折海から抜ける風は私の心までもを波立てた。
前線要塞「イスタール」から海峡を挟んで向こう側はもう敵地なのだという。
防壁の上から見える海向こうの山々はただ青々と茂っていて、それは私たちが見慣れている風景との違いは無い。
王様から拝命を受けて、ここまで来るのに1ヵ月。
たった3人のパーティなのに、隼人は。
「俺は斥候として警戒しておく」
と、私と勇者様を残して先を一人で行ってしまうから。
「彼は国内なのに何に警戒してるんだろうね?」
と勇者様から、意地悪な笑顔で話しかけられたのが初めての会話だったことを覚えている。
勇者様はよく笑った。
好きなもの。嫌いなもの。目の前の風景の話。雑学だったり、そう思わせた冗談だったり。時には子供の頃から体が弱くてこんなに外に出るのは初めてだ、とそんなつまらない秘密を身代一の恥のように言って、私を大笑いさせた。
たまにつまらなかったり、面白くなかったり、何が言いたいのかよくわからない話だったりもしたけど、そんな話題や沈黙すら心地よく思えるような日々が、この先も続いていきそうな予感が私を包んでいた。
「こんなところにいたんだ」
海よりの風に次第に内陸からの風が混ざり始めた頃、勇者様が訪ねてきた。
「一度海をゆっくり見てみようと思って。日差し強くありません?お体に障りませんか?」
「大丈夫。大丈夫。日光浴は一番の養生っていうのがかかりつけ医のじっちゃんの受け売りだから。それに1ヵ月は歩いてこれたんだし案外この体はよくやってくれるよ」
勇者様のちょっとした自虐にクスクス笑ってから、二人で海に臨む。
海よりの風に、内陸からの風が混ざり始めた頃。
「あ」
と勇者様は小さく感嘆の声をあげた。
「どうしたんですか?」
「いやね。漁師の方々って海面を見て潮の流れが見えるんだって話をさっき聞いたのを思い出してね。本当だったんだなって」
「え。見えたんですか?すごい」
すごくないよ。と笑って潮の色の違うところを教えてくれるが私にはただ波たって引いて寄せている海にしか見えない。
しばらく目を細めたり、身を乗り出したり、逆に顔を引いたりして探してる私の横でまた勇者様は。
「分からないよね」
と小さくつぶやいた。
からかわれたと思って勇者様に振り向くが、優しく悲しい顔をしていることに気が付いた。
「子供の頃から、魔族の非道さを教わってきたからさ。勝手に邪悪な、陰鬱とした荒廃地が広がっているものだとばかり思っていた。でも違う。ただ知ってる風景だけが広がっている。こっちとあっちの違いが判らなくて、海岸警備兵を捕まえて聞いたんだ。境界はどこにある?って。彼は訳がわからないという顔をしながら、さっきの話を教えてくれたよ」
私には勇者の言わんとしていることがわからなかった。
「だからさ。多分そういう相手とこれから戦うんだよ。見慣れた農地で。原っぱで。街道で。辻で。すれ違うように出会って。会釈をするように剣を交える」
油断すれば死ぬ世界が、心の緩みやすい形で存在している。
そのことに勇者は気が付いて、私に共有をしようとしてくれた。それに気が付いて、回りくどいながら心配してくれていることが喜ばしい。
「大丈夫ですよ」
と自信ありげに答えると、勇者様は安心したように笑った。
「じゃあ戻ろうか。今夜の旅立ちに際して将軍様から食事に誘われていてね。神父様も応援に来てるみたいだ。その前にひと汗流したい」
「
そのままでも大丈夫だよなんて言って、勇者は肩をすくめて苦笑する。
「さっきの話。隼人君にもしなきゃですね」
「潮の話?」
「もう!」
「冗談冗談。でも隼人は大丈夫だと思う」
確かに。釈迦に説法というものか。
影が伸び、風が冷気をまとい始めた防壁を後にした。
各々用意された客室に戻り、正装に着替えて参列した壮行会で、隼人はすでに対岸に渡って上陸予定地周辺の安全確認を行っていることを聞いた。
ゾンビ勇者 ー生き返った勇者は本当に勇者なのかー 常二常二 @tsunenijoji
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