血(1)
「同じ空間に、AとBとCの3人がいる」
梟が言った。
「3人もいるのに、かれこれ1時間以上も無言の状態が続いている。何故ならば、AとBが喧嘩中だからだ。この場合、残りの1人であるCがどのような心境に陥るか、分かるか?」
言い終えると、梟はまず右側を見た。
そこには二郎がベンチに座っている。
9月上旬でまだ暑いのに汗の一滴も流していないし、視線は足元に落としたまま全く動かない。まるで人形のようだと梟は思う。彼からの反応は無かった。
次に左側。
ベンチの端っこで胡座をかいている晴は、煙草を吸っていた。強い薄荷の匂いが辺りに漂っている。憎たらしいくらい端正な顔は相変わらず不機嫌そうだった。
梟は、わざとらしく大きなため息を吐いた。
この2人の人間は以前、喧嘩別れをした。
二郎が〝10丁目から出た方がいい〟と、晴に提案したのだ。
引越しに必要な資金は自分が用意する。その資金を、今年の晴への誕生日プレゼントにする––––と。
それを晴は切り捨てた。〝うざい〟の一言と、冷たい眼差しで。
それでも二郎が今月の土曜日も10丁目に来た。そして、晴は駅まで迎えにきていた。
てっきり仲直りするのかと思ったのに、2人は挨拶をせず、目も合わせず、ベンチの両側の端っこでだんまりを決め込んでいる。前途の通り、1時間以上もだ。
(こいつらは何がしたいのだ?)
梟は2人の間に座っている。いや、座らされているのだ。まるで境界線のような扱い。
正直、苛々していた。
「ええい、いい加減にしろ! お前らは何のためにここに来たのだ!? 喧嘩を終わらせたいのか? それとも喧嘩の続きをやりにきたのか?」
梟は左の羽で、晴の腕を叩いた。
「さぁ答えろ、人間A!!」
「……はぁ? 人間Aって俺のことかよ!?」
鬱陶しそうにする晴。
「そうだ。お前がA、次男坊はBだ。……何故なら妖を殺す忌々しい近衛の血。あれは全てB型なのだ。B型の一族故に、次男坊は人間Bだ」
「え。近衛家って、みんなB型なの? そんなゴリラみたいな感じなの?」
「私も全く同じ感想を抱いたが、今はどうでもいい。さっさと私の……Cの立場である私の質問に答えろ! 人間A!」
「ちなみに俺、O型なんだけど!? つーか別にてめーに関係ねーだろ!」
「関係あるわ! むしろ関係しかありえんわ! Cの気持ちを考えろ! Cは日が暮れるまでこの微妙な空気を吸わねばならんのか!?」
「じゃあ帰れや!」
「阿呆が。まだ汽車が来ていないだろう」
「お前、飛べるんだろ!?」
「次男坊は一応、命の恩人。このような野蛮な町に置いてはゆけん。お前のようなクソガキと違って、Cは恩義を重んじるのだ」
「さっきからCCCCうるせーな! ビタミンか!?」
「……彼と何を話せばよいのか、分からないのです」
やかましい掛け合いの中に、静かな声がスッと入ってきた。
梟と晴が向けた視線の先には、いまだに足元を見下ろしたままの二郎がいた。
「どうして怒ったのか。怒らせてしまったのか。理由が分からないから。……分からないまま、謝るのは相手に失礼だから」
ポツポツと紡がれる言葉は梟でも晴でもなく、自分自身に弁明しているようだった。
(あとは、煙草が……)
煙草の火を、視界に入れたくなかった。
先端に灯る火は小さいが、どうしても思い出してしまうのだ。狐の炎で自らの顔が焼かれた日のことを。
晴が煙草を吸う時、二郎はいつもより口数が減った。もともとが無口な性格なので、その些細な変化には誰も気づかないのだが。
ジュッと、短い音がした。晴が携帯灰皿に煙草を押し付けていた。
「俺さ、金の貸し借りとか嫌なんだよ。すっげー嫌い」
「……違う。貸すわけじゃなくて、君に貰ってほしくて」
「いらねーよ」
二郎が言い終わるより前に、晴が拒絶する。
(……僕は、彼を理解出来ないと思う時がある)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます