うざい(3)

 もうすぐ13丁目へ帰るための汽車が着く。

 ゴミと落書きだらけの薄汚れた駅で、二郎と晴はベンチに座っていた。梟は二郎の膝で眠っている。


「……ねぇ」


 二郎が口を開くと、晴は〝ん?〟と首を傾げた。


「君の、誕生日のことだけど」

「あー……。別に無理して来なくていいぞ」

「いや、その、贈り物のことなんだけど」

「石灰岩とか持ってきたらケツ蹴るぞ」

「それは持ってこない」

「じゃあ何を持ってきてくれるんだ?」

「お金を持ってくる」


 晴の返事が止まった。

 代わりに、少し遠くから汽笛の音が聞こえ始める。


「10丁目から出た方がいい。ここは危険すぎる。もっと安全な町で暮らすべきだ」

「……アンタが、引越し代を工面してくれるのか?」


 二郎は頷いた。


「僕は、お金は要らない。でも貯金はある。ならば、君と妹さんが安心して暮らすために使いたい」


 近づいてくる汽車の気配。あと1分もすれば到着して、扉が開けられる。


 早く、早く決めないと。

 引っ越しにはどれくらいの費用が必要か。次に来るまでに用意しなければならない。

 く気持ちが胸に溢れて、二郎は話を進めようとしたが、



「うざ」



 耳に届いてきたのは、予想もしていなかった2文字だった。

 夏の生ぬるい風に揺れる、明るい金髪。それに反した暗い表情。不機嫌そうな顔。その中に混入していた色は、



「アンタ、うざいよ」



 心からの、嫌悪。



 いつもは最後まで見送る晴がベンチから離れた。背中を向けて遠ざかっていく。


(……どうして?)


 二郎は本気で心配したのだ。あの兄妹のことを。


 晴が不在の間に、花が事件に巻き込まれた。今回は違ったが、今後はそれが現実になるかもしれない。


 二郎は、自身に重ねてしまった。

 自分がこうして10丁目に来ている間に、狐が近衛家を襲うかもしれない。狐は二郎が大人になるまで手を出さないと言ったが、保証は無い。


 自分は13丁目から、狐から、逃げられない。

 だけど晴は違う。10丁目やギャングと縁を切れる。



(彼らの力になれると……喜んでくれると思ったのに)


 

 しばらく、二郎は金縛りにあったように動けなかった。

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