晴の妹(前)

 9月。季節は夏から秋へ変わった。


 二郎が10丁目に来られたのは9月第3週目の土曜日。駅で晴に会った後、2人は外ではなく、小鳥遊産婦人科にいた。晴と初対面の日に来た病院だ。


「へぇ。これが〝妖〟なのか。初めて見たが、見た目は普通の梟と変わらないな」


 興味深そうに呟いたのは院長の小鳥遊。スラッと背が高い女性で、白衣がよく似合っている。


 二郎の右肩に乗った梟は、フンと鼻を鳴らした。


『人間ごときが、私に気安く話しかけるな』

「……おい、先生に舐めたこと言ってんじゃねぇぞ」


 不機嫌を露わにした口調で牽制したのは晴。丸イスに足を組んで座り、梟を睨みつける。

 梟はニヤリと笑った。


『ほう? この人間の女を庇うか』

「俺も妹も、この病院で産まれたからな。いろいろ世話になってんだよ。もし先生に何かしたらマジで焼き鳥にするぞ」

『相変わらずクソ生意気な小僧だな。妖の恐ろしさを、教えてやろうか?』

「あぁ? やってみろや! 生きてる人間が1番怖ぇって分からせてやるよ!」


 黙って聞いていた二郎が口を開く。


「おじいさん、落ち着いてください。貴方の症状は改善しているけれど完治はしていないのだから」

『……』


 梟は返事をしなかった。しかし無視をしたのではなくむしろ従ったようで、くちばしを閉ざす。

 微妙な沈黙と医薬品の匂いが漂う中で、小鳥遊は苦笑い浮かべた。


「まぁ、アレだ。こんな何も無い場所で申し訳ないが、今日はあちらで過ごすといい」


 言いながら、診察室と隣接した奥の部屋を指差す。そこにはドアが無く、床に届きそうな長い暖簾がかかっていた。


「今日は外には出ない方がいい」


 二郎は窓を見た。レースのカーテン越しでも、綺麗な青空が広がっているのが分かる。こんなに良い天気なのに、どうして室内を薦めるのか不思議に思った。


「さっき、死体が見つかったんだ」


 晴が言った。


「アンタが駅に来る1時間くらい前。銃で撃たれた男が倒れているのが見つかった」

「……犯人は?」

「まだ捕まってねぇ。でも撃たれた方も、撃った方も、ギャングの関係者だって噂が流れてる。今、町中がピリピリしてるんだ。こういう日は面倒くさいトラブルが増える」

「そうか。こんな時に来てしまって、申し訳ない」

「謝ることじゃねーだろ。10丁目でそんなの気にしてたら生きていけねーぞ」


 晴と二郎は会う〝日にち〟を明確に決めていない。

 今日、来るか来ないかも分からない自分を駅で待っていた晴が、何のトラブルにも巻き込まれなくて良かったと、二郎は安堵した。


––––安堵した、直後のことだった。



 ドン、という大きな音が響いた。

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