青藍

梟を羽織に包んで隠し、二郎は駅へ向かっていた。隣では晴が、器用に人差し指でサッカーボールをくるくる回している。


「家の人にバレても平気そうか?」

「大丈夫……だと思う。屋敷の中の竹林でおじいさんが倒れているのを見つけたと、兄さんたちには言うから」

「竹林がある家って、どんな家だよ……。パンダとかいるの?」

「さすがにパンダはいない。竹の精霊はたくさんいるけど」

「パンダよりスゴイ奴がいた!」



 一歩一歩、進んでいく。

 駅に近づいていく。


 二郎はふと思った。



(……僕はまた、10丁目に来てもいいのだろうか?)



 前回は〝サッカーのルールを教える〟という約束をした。今回は何も無い。

 晴の仕事は毎週土曜日が休みだ。前回は8月の第3週目の土曜日、今日は9月の第2週目の土曜日。晴の休みは決まっていても、二郎はそうそう屋敷を抜け出すわけにはいかない。


(もし僕と彼が〝友達〟というものならば、約束が無くても会えるのだろうか? いつ来られるか分からない自分を、彼は待っていてくれるのだろうか?)


〝あっ〟と、思わず声を漏らしそうになるのを、二郎は何とか堪えた。

 自分が考えていた内容を振り返って、知ってしまった。


(……僕は、この男に会いたいのか?)


 特に気が合うわけでもないのに。何故か。


「……うげ」


 唐突に、晴が嫌そうな顔をした。

 そうかと思えば、二郎の肩を押し、すぐ近くにあった細い路地裏に連れ込む。


「どうしたの?」

「いいから。アンタはここから出てくるなよ?」


 二郎を路地裏に残して、晴は表通りに出ていく。


 数秒後、聞こえたのは複数の足音。感じたのは多くの気配。少なくとも10人分。


 二郎は表通りを壁から覗いた。晴の数メートル先には、やはり集団がいた。


 まず見えたのは先頭の女性で、20代半ば頃。藍色の髪を左サイドで1つのシニヨンに纏め上げ、中華風の衣服を身につけている。


 次は女性の背後に隠れている少女だ。彼女は二郎や晴と同年代。晴れ渡る空のような髪色を肩まで伸ばし、ハーフアップにした部分を女性とお揃いのシニヨンで結んでいる。服装も同じく中華。

 髪型と服装はどことなく似ているが、彼女たちは顔つきが正反対だった。女性は堂々として自信が溢れているが、少女は今にも泣きそうな様子でオロオロしている。


 最後に、女性と少女の後ろに群がる男たち。皆、人相が悪い。



「晴。久しぶりだな」


 最初に口を開いたのは女性だった。声質も語尾も中性的だ。


「あー、どうもッス」


 晴の返事は、どこか気まずそうだった。


「相変わらず真面目に働いているようだな? しかし賃金は良くないだろう? 私のチームに入った方が生活は楽になるぞ」

「いやー、俺、協調性とか無いんで」


 男たちのうち、数人が〝おい!〟やら〝コラァ〟と叫んだ。


「晴! うつつさまに向かって、その口の利き方は何だぁ!?」

「調子にのってんじゃねーぞクソガキが!」

「やめな」


 女性……〝現〟の一言で、男たちはピタリと黙った。


「私は晴が気に入ってんだ。ちょっかい出したら許さないよ」

「「はいっ!!」」


 現は晴の頭に、ポンッと軽く触れた。


「ところでさ、再来週の土曜日がめでての誕生日なんだ。パーティー開くからさ、来なよ。妹さんも連れてきていいよ」

「……土曜日は無理ッス」

「え? アンタ、土曜日は仕事休みだろ?」

「友達が来るから」


(––––)


 二郎は、今自分が聞いた言葉を、一度疑った。


「そいつ、ちょっと訳ありで、いつの土曜日に来られるか分かんねぇんだ。だから予定は入れたくねぇ」

「……へぇ。よほど大切な友達のようだな?」


 現が晴から離れる。


「仕方ないね。まぁ、アレだ。困ったことがあれば、いつでも私に相談しな? お金のことでも、妹さんのことでも、何でも」

「はぁ……」

「アンタたち、行くよ」


 背中にくっついたままの少女と男たちを率いて、現は歩いて行った。彼らの姿を見つけるなり、町の者たちは

慌てて道を開けていた。


〝もういいぞ〟と晴に言われて、二郎は路地裏から出てくる。


「……あいつらは〝青藍せいらん〟っていうギャングのチームだ。最近やたらと勢力を伸ばしてる。俺と話してた女がリーダーで、〝北条現ほうじょううつつ〟。後ろに隠れてたのが現の妹、〝北条愛ほうじょうめでて〟。もし話しかけられても関わるなよ。ロクなことねーから」

「……分かった」

「じゃあ駅に行こうぜ。汽車が来ちまう」

「あの」


 二郎に呼び止められた晴が、気怠そうに振り向く。


「……もう一度、ここに来てもいいのか?」

「……は? もう来ねぇの?」

「い、いや、来てもいいのなら……、来る」

「ん。じゃあ来れば?」

「……分かった」


 短い会話を終えて、2人は再度歩き始める。


(〝友達〟)


 ありふれた言葉なのに、知らない響き。

 家族だけと生きてきた二郎には、人生で出会うはずがなかった存在。


 晴は二郎を〝友達〟と言った。晴にとっては呼吸をするように自然なことなのかもしれないが、二郎は少しばかり混乱していた。


 心に初めて感じる種類の困惑。

〝困惑〟のくせに、何故か胸を温かくするのだ。


 感情の正体と名前が分からず、駅に着くまで、二郎は黙っていた。

 

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