八つ当たり(10)

「他にも家族がたくさんいるんだろ? あんたが何で1人で戦わなきゃなんねーの? 協力してもらえよ」


 二郎は首を横に振る。


「父さんは〝弱い者は狩りに連れて行くな〟と言っていた。〝決して家族を死なせてはならない〟と」

「はっ、桜郎ろくろうらしい言葉だな」

「え?」

「昔、俺も言われた。〝お前はいつかきっと強くなるから、その時は家族を守れ〟って」

「……君はちゃんと出来ているよ。こんなに治安の悪い町で、小さな妹さんを守っているもの」

「この町では、別に珍しいことじゃねぇよ」

「それでも〝出来ている〟という事実がすごいんだ。僕は何一つ成し遂げずに、裕福な家に甘えて、ずるずると生きているだけだから」


 13丁目へ戻る汽車の時刻が近づいていた。もうまもなく、この薄汚れた駅に到着する。


「君はさっき、こう言っただろう? 〝あんたに八つ当たりをした〟って」

「あぁ。八つ当たりして、しょうもない挑発した」

「僕も同じだよ。君の挑発に耐えられなかったのは、君の言葉が真実だったから。自分の不甲斐なさを棚に上げて、君を殴った。八つ当たりだ。……ごめん」

「いーよ。そんな痛くなかったし」

「…………君が会いたがっていた父さんは、僕のせいで死んだ。本当にごめん」

「……それ、あんたのせいじゃないだろ」


 ごお、と大きな響きが少し向こうから聞こえてきた。汽車だ。車輪がレールの上を走る音が近づいてくる。


「今日、何でこの町に来たの?」


 不意に、晴がそう尋ねてきた。


「……知りたかったんだ。君たち親子のこと、そして父さんがどういう風に過ごしていたのかを」

「サッカーしてた」

「え?」

「俺と桜郎がよくサッカーして、母さんは俺たちを見ながら楽しそうに笑ってた」

「……そうか」


 汽車が、今度は甲高いブレーキ音を鳴らしながら停まった。2人が座るベンチのちょうど目の前に、車両の扉がある。扉は自動ではなく手動で、40代くらいの車掌が内側から開けてくれた。


「……じゃあ、帰る」


 二郎は立ち上がった。一歩、進む。


(これに乗れば……、いつもの毎日が帰ってくる)


 部屋から出たくても、出られない。

 狐が憎くても、殺せない。

 皆から狐殺しを期待されているのに、応じられない。

 そんな日々が、また明日から始まる。

 その先には、きっと何の変化も無い––––。


「突然訪ねて、すまなかった。……ありがとう」


 二郎は軽くお辞儀をした。晴とは、2度と会うことはないだろう。


(そうだ。もう2度と会わない)


 足を進めていく。

 右の足も左の足も、すぐに駅から車内に入った。


(もう、2度と……)


 二郎は駅の方へ振り返る。最後に「さようなら」と伝えようと思った。

 

「さ」


 ––––しかし、

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