八つ当たり(1)

『まもなく月城町10丁目です。10丁目に到着致します。降りの方は忘れ物など無いよう……』


 若い車掌のアナウンスが、中途半端なところで止まった。

 彼は、まるで幽霊でも見たかのような気分になった。

 無人と思っていた車両の、1番後ろの席の窓側。そこにいつの間にか人が座っていた。


 まだ10代の少年だった。

 薄い青の着物に紺色の袴、生成色の羽織。黒い髪に、顔の右側を覆う包帯。こんなに目立つ存在なのに、何故気づかなかったのだろう。


 少し緊張しながら切符の提示を求めると、少年はすぐに応じた。


「13丁目から、10丁目への切符……!?」


 切符を見た彼は、訊かずにはいられなかった。


「君は13丁目から来たのかい?」

「……はい」


 少年が静かに答える。

 何て珍しい。妖が暮らす13丁目。あそこから誰かが乗ってくるなんて初めてだ。

 しかもこの少年、乗った駅も珍しければ、降りようとする駅も変わっている。


「君、1人かい? 1人で10丁目に行くの?」

「はい」

「本気か? あの町は月城町で最悪の治安だぞ。あそこに暮らす奴らの9割は悪人だ。子供が行っていい場所じゃない」

「そこには僕の……、いえ、がいるんです。これから、その人に会いに行くんです」


 淡々と紡がれる言葉に、車掌はポカンとする。それと同時に、車内が薄暗くなった。汽車がトンネルに入ったらしい。

 窓の外を、左から右へ流れる真っ黒の壁。この景色が終われば、1分後にはあの町に着いてしまう。


 事情は知らないが止めた方がいい。大人としての義務感が働いて、車掌は口を開いた。


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