昔話(3)
次の瞬間のことだった。
まるで弾かれたように、二郎が振り返った。
その左目は大きく見開き、彼にしては珍しく驚きを露わにしているが、花にはそれが見えなかかった。大声を出すと同時に目頭が熱くなり、視界が霞んだからだ。
「…………花?」
「すみません……、二郎さまが、お兄ちゃんに重なって見えて……。つい、呼んでしまって……」
「……あぁ、そうか。そういう意味で呼んだのか……」
花の返答に、二郎は独り言のようにそう漏らした。そして普段の感情が読めない顔に戻り、花の元へ戻ってきて、
「どうして泣いているの?」
静かに訊いてきた。
「……私は……」
「うん」
「貴方とお兄ちゃんのことが、分からなくなっているんです」
ポタリと、手紙に涙が零れ落ちた。紙の一部が滲んでいく。
「このまま、気付かないふりを、しようと思った、けど……」
「……うん」
「やっぱり、無理です。私は私の世界から、お兄ちゃんと二郎さまを無視することなんて、出来ない……」
そんな世界はあまりに悲しすぎて。
花に耐えられるはずがなかったのだ。
こみ上げてくる嗚咽を殺して、
「教えてください。2人は、本当は友達だったんじゃないんですか……?」
花は核心となるその質問をした。
数瞬の間を空け、二郎が口を開く。
「……どうして、そう思った?」
「……最初は、二郎さまが火を嫌いだと知った時です。お兄ちゃんは昔から、煙草をたくさん吸っていました。私が止めても、病院の先生に怒られても、警察に補導されても、絶対にやめなかった。でも3年くらい前から急に吸わなくなったんです。……それは、
息をするのも忘れて花は伝える。
「貴方が笑う時に口元を袖で隠す癖を、梟さんに教えた人は誰ですか? 錦さんですか? 三郎さんですか? ……私には、お兄ちゃんのような気がしてならないんです。私の勘違いじゃないなら、どうか話してください。私も二郎さまの話なら、どんな話だって聞きますから……!」
不意に、手紙が床にバサリと落ちた。いつの間にか花の指は震えていて、力が入らなくなっていた。
緊張と息苦しさで固まる花の代わりに、二郎がそっと拾う。けれど花には返さずに、無言で文面を見下ろしていた。
「二郎さま?」
「……もし、君が」
花の質問に対して肯定も否定もしなかった彼が、ようやく言葉を発した。
「君が持っている〝血〟が普通の血だったら……」
(……〝血〟?)
「君が普通の子供であれば……、全ては晴が帰ってきた後に、話そうと思っていた」
普通の子供?
全て?
––––〝晴〟?
鳥肌がたった。
(〝晴殿〟じゃなくて、〝晴〟って呼んだ……!!)
聞き間違いではない。酸素が足りない苦しさなど吹き飛んで、花は二郎との距離を詰めた。
「やっぱり、二郎さまはお兄ちゃんのことを知っていて……!」
互いの体と体が触れそうになるほど近寄る。
「お兄ちゃんはどこにいるんですか!? 生きているんですか!?」
「……彼の居場所は、僕にも本当に分からない。僕が知っているのは彼が姿を消した理由。それと、彼が絶対に花を嫌っていないこと」
「っ! どういう意味なんですか!?」
「この手紙を書いたのは晴ではなく、僕だ」
ザアッ––––と、強い風が吹いた。
花が持つ金の
花はポカンとして、二郎を見上げた。
「……え? 何を言って」
「僕と晴は字体が似ている。彼に文字を教えたのは僕だから」
「ウソ」
「本当だ。似ているから、利用した。僕が手紙の内容を考えて、
風は小さな庭を散々吹き荒らし、通り過ぎていった。人の足首ほどの高さの草花がいくつも攫われ、宙に散った。
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