さよなら(3)

(……眠っているだけか)


 二郎が狸を吹っ飛ばしていなくなった後、花は倒れた。一郎は駆け寄り、少女が息をしているのを確認する。


 近くで足音がした。顔を上げると、そこに立っていたのは、


「……三郎、無事だったのか」


 末弟だった。一郎の切れ長の瞳に珍しく安堵の色が浮かぶ。

 しかし三郎は返事もせず、ただ俯いていた。


「……どうした?」

「一郎兄さん」

「何だ」

「花さんは……」

「この娘なら生きている」

「そ、そうじゃなくて」

「?」


 三郎は見てしまった。花の血が、狐を追い払ったところを。


 一郎には見えていなかった。花の血が異変を起こした際、あいだにいた狸の巨体により遮られていたのだ。


 三郎はそれ以上話さなくなった。一郎は気になったが、かまっている余裕は無い。


「歩けるのなら、娘を屋敷に運べ。私は二郎を追う」

「……」

「返事は?」

「……分かりました」



(声……?)



 夢と現の狭間で、花は耳を傾けていた。

 でも違う。花が求めている人の声は聞こえてこない。


(二郎さまはどこ?)


 分からない。覚えていない。途中からの記憶が曖昧で、よく思い出せない。


 それでも、混濁した意識の中でハッキリしていることは、



(私、あの人のことが好き)



 生まれて初めて抱いた感情だった。


〝助けてくれた恩人〟ではおさまらない、強くて苦しくて甘い想い。



(守りたい。力になりたい。そばにいたい)


 あの人は〝他人〟とは結婚出来ない人だけど。

すでに婚約者がいる人だけど。

 決して叶わないけれど。



(ただ想うだけならいいよね? そうだよね? お兄ちゃん……)



 花は深い眠りに落ちた。

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