いもうと(中)

 一郎に近づいていた狸の片足が止まった。


(ん?)


 背後から小さな気配を感じた。

 振り返って目に飛び込んできた光景に、狸はキョトンとした。


 娘がいる。


 銃弾が撃ち込まれた看板を持って、二郎の前に立っている。


(……こんなに近くにいるのに娘の〝匂い〟を俺の鼻が嗅ぎ取れなかっただと?)


 狸の視線に気がついた二郎が急いで花を抱き寄せ、もう片方の手で看板の先を狸に向けた。


「おや? お前を追った狐はどこにいる?」

「知らない」


 花は、二郎の腕の中で即答した。


 狸は一瞬だけ表情が変わりそうになったが、すぐに笑う。


「よく分からん状況だねぇ。てっきり逃げたと思ったが、戻ってきたのかい?」

「そうよ」

「……」


 今度こそ狸は怪訝そうな顔をした。戻って来れば食べられるかもしれないのに、花は狸から決して目を逸らさない。


 そして一郎と二郎もまた、花の様子を不可解に思っていた。

 二郎が知る花は〝おとなしい子〟だ。一郎の記憶ではいつもオドオドしていた。なのに今の少女の口調は、別人のように凛としている。


「もう、はイヤなの」


 看板を持つ二郎の手に、花が自分の手を重ねる。



「私、二郎さまの力になりたい」



 傷だらけの両者の手の血が、看板の持ち手に付着する。


 異変が起きたのは、その後すぐのことだった。


(は!?)

「……っ!?」


 狸、二郎は瞠目した。


 看板は地面と平行になって持たれている。だが二筋の血は下には落ちず、それどころか先端に向かってじわじわと進んでいるのだ。真っ直ぐな線もあれば曲線もあり、まるで紋章を描くように2人の血は混ざり、交わっていく。


 あれは何なのか、狸に考える時間はなかった。


 やがて血は矢印の形をした先端に辿り着くと、そこにめり込んでいた2発の銃弾が弾き飛んだ。それらは二郎の手のひらにキレイに落ちてくる。

二郎が反射的にそれを舐めると、狸は気がついた。


(しまった、あの銃弾には当主が治癒の血を塗っていたのか!)




「ご武運を」




 少女の声を最後に。

 狸の視界は、世界は、回った。

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