いもうと(前)

〝外の町に興味はあるか?〟



 二郎は14歳の頃、父にそう尋ねられた。流行りの風邪にかかり、寝込んでいる最中だった。


〝……外?〟


〝一緒に行ってみないか?〟



 無表情のままで二郎は驚いた。



〝……そこはどこなのですか?〟

〝10丁目だ〟



 月城町10丁目。

 悪い噂しか聞かない町だ。そして母の遺体が見つかったところでもある。



〝お前に会わせたい人たちがいる〟


〝会わせたい?〟



 オウム返しに尋ねる。



〝お前が5歳の時に行方不明になった母さんは、10丁目の暗い裏通りで死んでいた〟


〝……そうだったのですか〟



 父から母親の話を聞かされるのは初めてだった。



〝あの町の者たちは、母さんの遺体を荒らそうとした。着物、装飾品、髪の毛……あらゆる金目の物を奪おうとしていた。だが、たった1人の女性がそれを止めてくれた〟



『女性』が登場した途端、父の声がわずかに柔らかくなった気がした。



〝遺体を引き取りに行った際に、警察から聞いた話だ。彼女は小柄な体にも関わらず、大勢の者たちに銃を向け、警察が来るまで遺体を守り続けてくれたという。……彼女には2人の子供がいる。兄と妹が1人ずつだ〟


〝その人たちに、僕を会わせたいのですか?〟


〝あぁ。特にあのクソ生意気な息子にな〟



 気のせいではなかった。やはり父は、いつもの淡々とした話し方ではなくなっている。



〝そいつの名前は『晴』。歳はお前と同じだ。性格は全く違うが……友達になれるかもしれない〟


〝トモ、ダチ?〟


〝……何故カタコトになった?〟


〝友達という存在ものを見たことがないので……〟



 二郎は13丁目から出たことがない。理由は身体が弱いためだ。外の町は空気も水も汚いし、食べ物には添加物が入っている。二郎がそれらに触れるのを、桜郎は極端に嫌った。狩りの場だと酷使してくるのに、平時では打って変わって丁重に扱ってきた。


 町に出ると皆に怖がられるので、屋敷からもほとんど出ない。二郎の世界は、家族と屋敷と狩りの3つで構成されていた。


 息子の返答に何を思ったのか、父は少し黙った。



〝……風邪が治り、時間が空いたら、共に行こう〟


〝外に出てもいいのですか?〟


〝あぁ。実は私も何年も会っていなくてな。彼らが元気にしているのか気になっている〟


 父は音もなく立ち上がり、



〝今のことは、決して誰にも話すな〟



最後にそう言い残し、部屋から出て行った。

 熱でぼんやりする頭で二郎は考えた。


(……晴)


 どんな人なのだろう?

 母を守った女の人も、『妹』も気になった。


(知らない世界に暮らす人たち……。その人たちは、僕を好いてくれるだろうか?)


 不意に、今まで抱いたことのない不安を覚えた。自分みたいな面白味のない人間を慕ってくれるのは、この世で三郎と錦しかいないように思えた。




 しかしそれは杞憂となった。

 誰にも内緒で10丁目へ行くと決まっていた7日前。

 父が狐に殺され、約束はなくなってしまった。

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