そして花は咲いた(2)

 兄が殺されてしまう。


 二郎は壁に爪を食い込ませて、無理やり立ち上がった。全身に耐えがたい痛みが走る。


(やめてくれ……!)


 そう叫びたいのに、二郎の口から出てきたのは声ではなく、咳と吐血だった。


(この血で、あと少しで、狸を殺せる……っ)


 しかし、動けと何度命じても、体がほとんど言うことを聞かない。狸はもはや二郎に目もくれない。


 狸が片足で一歩、一郎へ近づいた。ドシンと地響きがして、烏の群れが警告のように一斉に鳴く。


(……またのか?)


〝弱い者は狩りへ連れて行かない〟と他者を拒絶しておきながら、結局は1人では何も出来ない。


 家族をまた目の前で失うのか?


(代わりなどいるものか)


〝当主〟の代わりはいても、〝家族〟の代わりはいない。父も兄も弟も他の者たちも、二郎にとっては1人しかいない。


(動け……!!)


 やはり足は動かない。


 2度目の地響きがして、眩暈が起きた。



 その時だった。



(……?)



 揺れる世界の中で、何か聞こえた気がした。




〝なぁ〟




この声は。



はる……?」



〝こっち、見てみ?〟




〝こっち〟というのが、背後を指しているのだと、何故か、分かった。


 途端に眩暈がおさまって、首をわずかに振り向かせる。


 地面に倒れた看板が見えた。


 道標みちしるべのような矢印に、2発の銃弾がめり込んだ看板。


(……まさか)


 ふと考えた。


 兄の血には、治癒の力が宿る。


 自分があらゆる物に血を塗って〝凶器〟に変えるように、兄が自身の血を銃弾に付着させていたら?


(烏たちが持つ造血剤は、まやかし……?)


 確信した。

 自分に銃弾を気づかせるために、兄は命懸けで狸の気をひいている。


 次の瞬間、二郎は目を疑った。


 瞬きはしていなかったはずなのに、いつの間にか、看板の横に少女がいた。1つに結んだ金色の髪、ところどころ汚れた白い肌と赤色の着物。



はな



 少女は看板を拾い、持ち上げた。


 幻覚かと思ったが、


「二郎さま」


 少女は自分の名を呼んだ。


 そして、



「私は、貴方に会いたくて、生まれてきました」



 幸せそうに微笑んだ。

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