襲来(5)

「何があったんですか!?」


 走りながら、花は歌丸に声をかけた。


「俺にも分からへん! あいつはただ花さんの居場所だけを訊いてきたから!」


 答えてから歌丸はピタリと走るのをやめた。そんな彼の動作に、朧と花も足を止めた。


「どないしたん?」

「避難を呼びかけながら逃げてたら、時間かかることに気づいたわ。……朧は、花さんを連れて先に行け」


 朧の瞳が揺れた。


「そんな!」

「ほら、〝危ないから避難しろー〟って警告は、鼻血まみれの俺が言った方がリアリティあるやん?」

「でも!」

「ええから早く!」


 歌丸と朧が、真剣な眼差しで互いを見つめ合っている。夫婦のやり取りに、花は胸が押し潰されそうになった。


「わ、私のせいで……!」

「花ちゃん!」


 朧が、花の手をより強く握った。


「……行こう。二郎さんが来てくれたら、どうにかなるから!」


 花が考える間も無く、朧は花を連れ出した。


「歌丸! うちを未亡人にしたら許さんで!」

「おう!」


 花と朧の背中が遠くなると、歌丸は少し安堵した。

 そう、朧の言うように、二郎さえ来てくれたら何とかしてくれる。


「じゃあ俺は避難の誘導を……」

「何があったの?」



 歌丸は、心臓が止まりそうになった。


 静かな声音に引き寄せられるように前を見ると、妖たちが近衛屋敷へ向かって走る中、唯一立ち止まっている者がいた。



「町が騒がしいようだけど、何があった?」



 濃紺の着物と同色の羽織、黒い髪と左目、顔のほとんどを覆う白い包帯。淡々とした声と話し方。

 その右手からは葉っぱなど落ちておらず、若紫色の風呂敷を持っている。


 歌丸は恐る恐る口を開いた。


「あ、あの」

「?」

「お、俺が貴方に貸した着物の色と柄を、教えてください」

「……色は臙脂えんじ。柄は歯車が2つ」

「!!」

「店主殿も怪我をしている。大丈夫なのか?」


 歌丸は一気に全身の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んだ。

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