襲来(3)

 手紙 (4通目の続き)


 ここには優しい方がたくさんいます。


 お兄ちゃんは二郎さまについて、どれくらい知っていますか?


 私が知っているのは、あの方がとても強いこと(私が狸に襲われたところを助けてくれました)火傷を負って包帯を巻いていること、生まれつき病弱なこと。


 あとは、弟の三郎さまと、錦さん。

 二郎さまがこの2人にとても慕われていることです。


 錦さんは勉強の休憩中、ときどき昔話を聞かせてくれます。


 三郎さまと錦さんは、二郎さまをよく取り合っていたそうです。


 2人が口喧嘩をしていても、二郎さまは全く気にせずに本を読んだり空を眺めていたそうですよ(その光景、すごく想像ができます)。

だからある日、直接迫ったらしいです。


 二郎さまは、一体どちらが好きなのかと。

 どちらを選ぶのかと。


 二郎さまはまるで聞こえていないかのように、空を見上げて何も答えなかったそうです。


 錦さんは言っていました。


 あまりにも無反応なので腹が立ち、もう一度尋ねようとしたら、急に二郎さまが2人の方を見てきたと。


 そして二郎さまの口がそっと開いた瞬間、「心臓が飛び出しそうなくらいドキッとした」って。








 午後20時30分頃、近衛屋敷内。

 東西南北の四方全てが障子に囲まれた不思議な間で、


「明日は外へ出るな」


 一郎が言った。

 二郎に向かって右腕を伸ばしながら。


「……何故ですか?」


 二郎が訊いた。

 一郎の手首を、自身の肌にギリギリ届かないところで受け止めながら。


「貴様、熱が出ているのだろう?」

「……出ていません」

「嘘をつくな。熱を測ろうとした兄の手を、真剣白刃取りの如く受け止めたくせに。貴様は、体調の面に関しては信頼出来ん。一族のうたげもよく仮病を使って休んでいただろう」

「……気づいておられたのですか」

「あれだけ断られるとさすがに気づいたわ。5回目あたりでな」


 一郎が二郎の両手を振り払う。


「だが今回の貴様の不調に気づいたのは私ではない。三郎と錦だ」


 下座に座る二郎は、三郎を見た。彼は上座と下座の中間で兄たちのお茶を淹れている。


 一郎が茶色の紙袋を軽く投げてきて、二郎は受け取る。中身は解熱剤だった。この部屋には体内の血を増やすための造血剤を貰いに来たのだが。

 でも確かに、花を迎えに行って帰宅した後、微熱が出たのは本当だった。



「苦い薬だが、甘ったるいオレンジジュースに混ぜるなよ」

「……気づいておられたのですか」

「次にやったら、これから貴様の晩ご飯は白米と蜜柑だけにするぞ」

「……もうやりません」

「それと町民から着物を借りたそうだな」


 狐との戦いで服が汚れて、歌丸が貸してくれたものだ。臙脂色えんじいろの布地に、柄は歯車が2つ。貴族が着るにしては派手な着物。


「あれは手入れを終えたら、使用人に返させてくる」

「……お願いします」


 薬を持って立ち上がる二郎。その際に、三郎をもう一度見た。


 三郎は、二郎の分と思われる湯呑みに茶を注ぐ寸前で手を止めていた。目線は手元に落としたままで、二郎を見返してくる様子は無い。


「仮病は腹が立つが、調子が悪いのを隠されるのは余計に不愉快だ。熱が下がるまで休め。明日は外へ出るな」

「……はい」


 二郎は一郎にお辞儀をして、北側の障子を開けて出て行った。


 三郎はやはり動かない。こういう時、以前までは〝二郎兄さん、待ってください〟と、後ろをくっ付いていた。


「まだ気に病んでいるのか?」


 上座の座布団に腰を下ろし、一郎は尋ねた。

 何日か前の夜、三郎は狐を倒すための討伐隊を申し出た。一族の者たちに呼びかけ、彼らも応えてくれた。

 しかし、二郎は拒絶した。


 感情を表さない彼にしては珍しく、冷たい視線を持って〝弱い者は要らない〟と。


 あの夜から、二郎と三郎は挨拶程度の会話しかしていない。

 花が来る前は、ほぼ毎日一緒にいたのに。


「あいつはただ、父さまの教えを守っているだけだ」

「〝弱い者は狩りへ連れて行くな〟ですか?」


 三郎がやっと声を出した。


「それにしても二郎兄さんは頑なだと思います。二郎兄さんは病弱ではありませんか。雨に打たれただけでも風邪を引くのに、もし山で発作など起きたらどうするんですか」


 一郎にお茶を差し出して、三郎は続ける。


「……あの人は、僕なんか一切頼りにしていないんだ」

「頼りにされていないのは、私も同じだ」


 琥珀色の茶を見つめる一郎が静かに言う。


「私は、あいつに〝休め〟としか命じられないのだから」

「当主さまは、その血で造血剤を作れます。造血剤は、二郎兄さんの力になっているではありませんか」

「造血剤は他の者の血でも作れる。だが、あいつの体調の些細な変化に気づいてやれるのは、お前と錦だけだ。誰よりもあいつのそばにいたのだから」

「…………」

「二郎は今、あの娘と狐のことで手が離せない。婚約者である錦と話す時間も無いだろう。その間、お前が錦をフォローしてくれ」

「……承知致しました」


 三郎が立つ。

 二郎が出て行った反対側の、南側の障子へ向かった。



「ご安心を。

「……?」


 茶を飲もうとしていた一郎が弟へと目をやった時、ちょうど障子がパタンと閉まった。



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