襲来(1)
手紙 (4通目)
拝啓 お兄ちゃんへ
この手紙を届けることは出来ないと分かっていますが、どうしても書きたくなりました。
お兄ちゃんは元気ですか?
ご飯を食べていますか? 眠れていますか?
私は今、月城町13丁目にいます。
お兄ちゃんの手紙に書いてあった人、近衛二郎さまのお世話になっています。
二郎さまは、見ず知らずの私にとても良くしてくれています。
食事と着物と部屋を与えてくれました。勉強もさせてもらっています(13丁目には学校が無いので、錦さんという女性に勉強を教わっています。とてもキレイな方です)
『梟さん』という妖もいます(たぶん人間の年齢だとおじいちゃん? だと思います)
梟さんはいつも私のそばにいて、話し相手になってくれます。
昔から、13丁目はとても怖い町なのだと教えられていました。
だけど、ここには優しい方がたくさんいます。
ーーーーー
「こちら、ご注文いただいていた本です!」
朱色の表紙の本を両手に持ち、花が差し出す。
「あ、ありがとうございます」
花よりもずっと背が高く、見た目も凶暴な狼の妖が、戸惑いがちに受け取る。
花が亜麻屋で働き始めてから4日目。菓子屋を営む狼に本を届けるのは4回目。
この狼は本を毎日注文しているのか、それとも単なる偶然なのか、花は毎回この菓子屋に来ている。そしてその度に、互いに緊張気味に本の受け渡しをする。
昨日までなら本を渡してこのまま帰っていたのだが、
(今日は違う)
今日の花はその場から動かず、狼を見上げた。
二本足で立つ狼は、耳の先が天井に付くくらい長身だ。目つきは鋭いし、口からは牙も見えるが、この恐ろしい容貌に少し慣れてきた。
花は息を吸って、口を開いた。
「お菓子を売ってください!」
頬を赤くして言う花に、狼はキョトンとした。
「へ? 菓子? うちの?」
「はい! あの、二郎さまへのお土産にしたいんです!」
「っ!!」
その名前に、狼の肩が上下に揺れる。
それでも花は続けた。
「ここのお菓子、どれも可愛くて、キレイで……。最初に来た時からずっと気になっていたんです! この間、いただいた団子もすごく美味しかったです!」
「…………」
狼は、花の後ろにいる朧に視線を移した。
「何か嬉しいよね。外で暮らす人間さんが、13丁目の食べ物を〝美味しい〟って言ってくれるやなんて」
本を積んだ荷台のそばで、朧が笑って言った。
すると、狼に微かな変化があった。困ったような顔をしながら、長い爪で頰を掻いている。表情とは裏腹に、少し照れているように見えた。
そんな彼らのやり取りを、周囲の妖たちがチラチラと眺め、聴いていた。店の者は店頭を掃除する振りをしながら。客たちは品物を選ぶ振りをしながら。
「で、でも、うちの菓子が近衛さまの口に合うかどうかは……」
「大丈夫です、きっと合います!」
花の労働時間は午後14時から午後17時。短時間なので貰える日当は多くはないが、3日間でお土産を買える金額になった。
花が働きたいと思った最大の理由は二郎にお礼をすること。自分を屋敷に置いてくれている彼への、ささやかな恩返し。
(二郎さまの好きな物は知らなかったけど、梟さんに教えてもらったから間違いない……!)
梟は言っていた。
二郎は〝本〟と〝甘いもの〟が好きなのだと。
ーー〝果物も好みますが、菓子の方が喜ぶかと思われます。それはもう甘党なのですよ。故に、苦い薬が嫌いで……。あろうことか、ワタクシが煎じた薬にこっそりと砂糖と蜂蜜と生クリームとオレンジジュースを混ぜていたことがありました。その時はワタクシもさすがに心を鬼にし、強く叱責しました。あと正直に言うとドン引きしました〟
ついでにそう嘆いていた。
(本当は梟さんと錦さん、朧さんと歌丸さんにも買いたいけど……、今はお金が足りないから、また今度)
1番は、二郎だ。
狼の菓子屋は味が美味しい分、少し値が張ると朧が言っていた。
それでも花はこの店を選んだ。日替わりでいろんな色と形をした菓子が並ぶ店棚に、来るたびに惹かれていったからだ。花は宝石なんて見たことがないけど、ここにあるお菓子は宝石と同じくらい美しいのではないかと思っている。
「お願いします、これで買える甘いお菓子をください!」
花は着物の袖から財布を取り出して、頭を下げた。
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