狐と狸

「二郎にハエ叩きで右目を潰された話、聞くか?」

「くくく。久しぶりに会ったのに、挨拶も無しにすごい話題を振ってくるねぇ」


 狐の言葉に笑う者がいた。この町で狐と並んで恐れられる妖であり、狐の山に気安く入れる希少な存在、たぬきだ。 

 力士のような巨体に真っ黒の体毛、ギョロリとした目。


 夜空の下、月に届きそうなほど高い木の天辺てっぺんで狐と狸は向かい合っていた。


「ふふ。二郎のやつ、途中で矢が切れてのう。次は刃物でも出すのかと思ったら、まさかのハエ叩きだったのじゃ」


 狐の右目は無惨に潰れていた。ハエ叩きのの先端が刺さっていた。柄が半分も埋まるほど、深く。


「何で次男坊はハエ叩きを持っていたんだい?」

「知らん。よく分からんが〝ラッキーアイテム〟だったらしいぞ」

「くくく。そうか。全く分からん」

「あやつが分からんのは、昔からのことじゃ」

「まぁ次男坊にとっては、ハエ叩きだろうが、その辺に落ちている小石だろうが葉っぱだろうが、関係ないさ。あいつの血が付着するだけで全ての物が武器に……いや、凶器になるんだから」

「うむ。確かに凶器じゃな。とりあえず目が痛すぎたから、今日は逃げてきたわ」

「……なぁ狐よ」

「何じゃ?」

「お前さんは、あのむすめをどう思う?」


狸の問いに、


「知らん」


 狐は即答した。


「娘が気になるのか? お前はロリコンでショタコンだからのう」

「語弊があるねぇ。俺が好きなのは子供の肉と命さ」


 無傷の左目で空を見上げる狐に、狸は問い続ける。


「しかし娘が現れた日から、次男坊は変わった。そう思わないかい?」

「……あの娘は見たところ、平凡な人間じゃ」

「その平凡な人間が来て、急に外に出るようになったねぇ。お前さんと向き合うようになったねぇ」

「我は二郎以外に興味は無い。理由は何にせよ、二郎が我を見てくれるならば何でも良いわ」

「くくく。次男坊が今見ているのは、本当にお前さんかねぇ?」

「……どういう意味じゃ。二郎があの娘を好いているとでも言いたいのか? ならば、あの娘も殺してやるわ」



 憎しみを生むのは簡単だ。その者の大切な存在を奪えばいい。我はあやつの父親を殺した。だから、あやつは我を見るのだ。我から逃げられないのだ。

何を考えているのか分からない心を、こちらに向けさせる方法はそれしかない。



 月明かりを浴びながら言う狐。

 狸は腕を組んで唸った。


「うーん。俺には理解できない感覚だねぇ」

「理解など求めておらぬ」

「ところでさ、そのハエ叩きは抜かないのかい?」

「うむ。この痛みはあやつから貰ったものだからな。しばらくは治さぬ」

「痛くないのかい?」

「めちゃくちゃ痛いぞ」

「邪魔じゃないのかい?」

「めちゃくちゃ邪魔じゃ」

「それでも抜かないと?」

「だって右目が潰れているなんて、あやつと同じではないか。お揃いのようで嬉しいのだ」

「……聞けば聞くほど分からんねぇ」


 本当に昔から解らない。あの次男坊も、この友も。


(あぁ、ならばせめて、あの娘のことだけでも解りたいよねぇ)


 狸は思った。

 知りたい。あの娘が一体何者なのかを。


(そうだねぇ、少し探ってみるか)


 二郎にバレたら怒らせるかもしれないとも思ったが、久々に〝暇つぶし〟を見つけた喜びの方が遥かに勝った。

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