書店の亜麻屋

 亜麻家あまやの看板は、人間の文字で書かれていた。外装は年季の入った2階建て古民家といった感じで、他の店と比べると地味な印象だ。


「ごめんくださいまし」


 梟がガラス戸を引く。次の瞬間、ふわっと紙の匂いがした。

 あまり広くない店内には、いろいろな形の本棚があった。背が高い物と低い物、横幅が広い物と狭い物、木の色が濃い物と薄い物。それらが「コ」の形に設置され、窓が塞がれている。ガラス戸からの光しか差し込まないため、店内は薄暗い。


「ごめんくださいまし」


 梟がもう1度言うと、


「はいな」


 若い男の声が返ってきた。次に、ガラス戸の正面にある本棚がギギギ……と音を立てる。

花は目を丸くした。まるで観音開きの扉のように、2つの本棚がのだ。その中央から出てきたのは、


「いらっしゃいませ」



 男性の妖だった。年齢は20代前半で、愛想の良い色男だ。苔色こけいろの着物に亜麻色の羽織を着ており、栗色の頭からは鹿しかのような角が生えていた。左の角には和紙で追った菱形ひしがたの飾りを、右の角には紺色の玉飾りをぶら下げている。


(人間のピアスみたいなものかしら? ……お兄ちゃんもいっぱいピアスを付けていたなぁ)

「お待たせしました。どのような本をお探しですか……って」


 男性は、花と梟を真っ直ぐに見た途端に、


「えええええええええ!!??」


 大声で叫んだ。

 さらに大袈裟に後退り、中途半端に閉じていた観音開きの本棚に思い切り背中をぶつけた。彼の整った顔は真っ青になっている。


「に、人間!? 人間がおる!?」

「こんにちは。ワタクシは梟と申します。今日は人間が使う教科書をいただきたいのです」

「え!?」

「こちらの人間のお嬢さんが使う物です。二郎さまの客人なのです」

「じ、じじじじじじ、二郎さま!?」

「えぇ。ですから教科書を……」

「どうかお許しくださいぃぃぃぃ!!!!」

「はい?」


 彼の耳には、梟の話がどう届いたのだろうか。彼は本を売るどころか、何故か土下座をしてきたので、花と梟は呆けた。


「妖の監視役である近衛さまが来るということは、俺が何かやらかしてしまったんですよね!? 全く心当たりが無いけど申し訳ありませんんんん!! どうか封印とか討伐だけはご勘弁くださいーーっ!!」

「いえ、あの、ワタクシたちは」

「俺には3ヶ月前に結婚したばかりの妻がおるんです! 幼馴染おさななじみで、ずっと片思いしててきた相手なんですーーっ!」

「だからワタクシたちは、ただ買い物に来ただけで……」

「ひええええ! お助けええええ!!」


 目の前の男性の様子に、花の脳裏に過去がよぎった。


(……似ている)


 男の様子は、10丁目の住人たちに似ていた。町の中でギャングに襲われ、泣きながら許しを乞う人の姿をよく見かけたものだ。そういう場面に出くわすと、兄は無言で花を抱っこして、足早にその場を立ち去っていた。


(二郎さまは怖くないのに)


 あの人はギャングみたいに怖くない。無口で何を考えているのか分からないけど、花を気遣ってくれていることは伝わってくる。

ただ強い力を持って産まれたというだけで、どうしてここまで怯えられるのだろう?



「何やの? そんな大きな声出して」



 胸がモヤモヤしていると、今度は後方から女性の声がした。

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