禁忌の一族

「どうしてですか? 二郎さまは親切な方なのに」


 首を傾げる花。


「あのお方が持つ力を恐れているのですよ」

「力?」

「妖は個々によって強さが異なり、低級と中級と上級に分けられます。最も恐れられる上級というのが、たぬききつねの2体。そして彼らに匹敵する力を持って生まれた唯一の人間が、二郎さまなのです」


 梟は急須を盆に戻した。いつもの穏やかな声が、やや固くなっているような気がした。


「今から約100年ほど前まで、近衛家は月城町1丁目に暮らしておりました。その頃の1丁目は、当時の帝のお膝元。つまり選ばれた貴族しか暮らせない特別な町でした。そしてそこには妖たちも自由に出入りをしておりました」

「……」


 花は唾を飲み込んで、耳を傾ける。


「昔の妖は、今の妖よりも凶暴で残忍な者が多く、人間にとって脅威でありました。ですので、近衛家の〝妖を討つ力〟はそれはもう重宝されました。倒した妖は1丁目から最も遠く離れた土地へと追放されました。その土地こそが、13丁目の基盤です。……しかし、全ての妖を人間の町から排除した時のことでした。近衛家は急に屋敷と領地を没収され、13丁目に追いやられたのです。〝閉じ込めた妖を監視する〟という名目上の役職を与えられて」

「そんな、どうして!? みんなのために妖と戦ったのに!」

「近衛家の特殊な力は神のように扱われることが多く、民衆にも慕われていたのです。故に、他の貴族によく思われていなかったのです。帝と、そして帝の側近たちは、近衛家の権力が強くなるのが恐ろしかったのでしょう」

「……ひどい」


 花は思い出した。花が初めて屋敷に来た日。当主は怒号をあげて、三郎は複雑そうな顔をしていた。


「だから当主さまは怒っていたのですね」

「近衛家の子供は幼少より、外の人間から受けた屈辱の歴史を教え込まれていますから」

「……」


 人間のために戦って、その人間自身に裏切られた悔しさは、どれほどのものなのだろう。


「近衛家は人間だけでなく、妖にとっても恐怖の対象となりました。ーー特に二郎さまは、近衛家歴代の討ち手の中で、最も強い力を引き継いで生まれてきました。あの方にとって、13丁目の町民を皆殺しにすることなど朝飯前なのです。強い力を持つからこそ、町民に距離を置かれ、狐なんぞに好かれてしまった」

「狐に?」

「えぇ。狐は人間の罪と、人間の寿命を喰らう。あやつにとって、近衛家は格好の餌食なのです」

「??」


 梟は続けた。


「貴族にとって重要なのは〝家〟を守ることです。つまり子孫を残し、血を途絶えさせないこと。人間の町から切り離された近衛家は、他家から嫁をとることも、他家へ嫁を出すことも、養子を迎えることも禁じられました。…………だから決断したのです。子を成すと」


 花は持っていた団子を落としそうになった。


「そ、それってつまり……、家族で結婚するってことですか?」

「はい。〝近親婚〟です」

「っ!!」

「同じ血を持つ者同士で夫婦めおとになるのです。人間の数が足りない時は妖を迎えました」


 ハッとする。


「この前、錦さんが言っていました。〝私は半妖です〟って」

「そう。彼女は近衛家の人間と、町民の妖との間に産まれた娘です」

「……そうだったんですか……」

「近親婚とは、通常ならあってはならないもの。とても深い罪です」

「その〝罪〟のせいで、近衛家は狐に狙われているんですか?」

「その通りです」



 一族の者同士で交わり、生き延びてきた近衛家。

近親婚という罪を犯した親たちから生まれてくる子供は、まさに罪の結晶だった。

あの広い屋敷は、甘い罪の匂いで溢れている。

狐にとってこれほどの狩場はなかっただろう。



「これまで数え切れないほどの一族の者が、狐に喰われてきました。狐は言葉巧みに対象をそそのかし、弱みに付け入るのです。一族は何度も狐を討伐しようとしましたが、誰も敵いませんでした。二郎さまは唯一、狐に対抗できる者だと言われております。花さんは覚えておりますか? 二郎さまが狸の首を落とした時を」

「はい。覚えています。二郎さまが助けてくれなかったら、私はどうなっていたか……」

「その時に、二郎さまの左手から血が出ていたことは覚えていませんか?」


少しの間を置いて、〝あ!〟と花は呟いた。


「そういえば狸の体からは血が出ていないのに、二郎さまが持つ刀は赤く染まっていたような……」

「それは二郎さまの〝血〟です。近衛家の者は自分の〝血〟を用いて戦うのです。その血に流れる霊力が妖を殺すのですよ。上級である狸を斬れるほどの血は二郎さましか持っておりませんが」


 花はさらに思い出していく。狐が屋敷に侵入してきて、花に〝話し相手にならないか〟と言ってきた日のこと。


 あの時の二郎は短刀を持っていたが、刃先を向けていたのは自身の左手だった。


(そうか。自分の手を斬って、流れてきた血で狐を追い返そうとしていたんだわ)

「狐は強い人間を好みます。……二郎さまは禁断の〝罪〟を抱えて産まれたうえに、狸や狐と対等の力を持つ希少な人間。だから狐は二郎さまに異常に執着するのです」


 梟は白湯を飲む。花は言葉を失っていた。


 何故なら花の想像では、貴族は贅沢で楽しい生活をしていると思っていたからだ。彼らは生まれながらの勝ち組なのだと。

だけど近衛家は、大きく深刻な問題を抱えていた。花の貧相な想像を絶する〝戦い〟をしていたのだ。


「長話になりましたね。ささ、どんどん食べてください」


 梟の話し方に柔らかさが戻っている。どうやら全てを語り終わったらしい。


「……良かったんですか? 今の話、私なんかが聞いちゃって……」

「大丈夫です。どこまで話して良いか二郎さまに確認しておりますし、近親婚については町民も知っております。もちろん近衛家を追い出して、外で平然と暮らしている貴族たちもね」


 花は団子を1つ齧った。ほどよく甘いタレが舌の上で溶けていく。


(……二郎さまと狐の力は、対等)


 もし戦ったら、どっちが勝つんだろう?


 近衛家の重大な事実を1つ知った花。


 近親婚にはすごく驚いたけど、不思議と嫌悪感はなかった。

 生き残るためには仕方がなかったんだ。そうするしかなかったのだ。


(お兄ちゃんが必死になって、私を生かしてくれたように)


〝怖い〟とも〝気持ち悪い〟とも思えない。むしろ今の花の頭を1番に占めているのは、


(二郎さまは負けないよね?)


 と、彼の身を案じる気持ちだった。


(大丈夫だよね? 狐に食べられたりしないよね?)


 預かった財布をきゅっと握る。


 どんなに町民から恐れられようと、花にとって二郎は恩人に変わりない。この後は、彼が教えてくれた本屋〝亜麻屋あまや〟に行って、早く屋敷に帰ろうと思った。

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