町の視線

「わぁ……」


 花は声を漏らした。


 屋敷から歩いて約20分後、大きな通りに着いた。


「ここが町の市場。13丁目で最も賑わう場所です」


 隣で梟が言う。確かに祭りでもしているかのような活気だ。道の両脇には建物がずらりと並んでいて、全てに派手な暖簾のれん提灯ちょうちんが付いている。商店だということは分かるが、そこに書かれている文字が花には読めず、何を売っている場所かは分からない。


「興味を惹かれた店があれば、好きに寄ってください。ワタクシは花さんの後ろで控えておりますので」

「…………」

「教科書は最後にしましょう。重いですし、荷物になりますからね」

「…………」

「花さん?」


 花は進もうとせずに、不安げに梟を見上げてきた。


「あの、何だか、すごく見られているような気がして……」


 店主も客も、全てが妖ばかりの場所。獣の耳や尻尾、派手な髪色を持つ妖の中で、ただの人間である花はかなり目立っていた。



〝ねぇ、あの子だよね。二郎さまに会いに来たと言っていた娘って〟

〝狸に攫われたという噂を聞いたが、無事だったのか〟

〝どうなってるんだい? まさか近衛さまの屋敷で暮らしているのかい?〟

〝二郎さまが、あの娘の身柄を引き取ったってことか?〟

〝バカ言いなさんな。当主さまが許すものか〟



 買い物の手を止め、近くにいる者とヒソヒソ囁き合っている者までいるので、とても居心地が悪い。


「心配無用。貴女は近衛家の客人。堂々としていれば良いのです」

「は、はい」


 花は、ちりめん財布を胸に抱く。これは二郎から与えられた物だ。具体的に何が欲しいかは決まっていないので、とりあえず手前にある商店から入った。


 13丁目の市場にはいろんな店があった。

 植物や果物の装飾が付いたかんざしを売る店、多種多彩の蝶を売る店、何故か真っ白の鈴だけを売る店、味が想像出来ないお菓子を売る店、用途不明の道具を売る店……。軒先や店内に置いている品物は、どれも初めて見るものばかりだった。


 そしてどの店に行っても、やはり妖たちはよそよそしい態度だった。疑念と好奇が入り混じった視線を、花は常に感じていた。



「疲れましたか?」

「……少しだけ」


 たくさん歩いたが、花が結局買ったのは少しの文具だけだった。

 

 昼食の時間になり、梟の提案で団子屋に寄って一休みすることにした。竹のベンチに腰をおろした途端、ふくらはぎの辺りに重たい疲労が押し寄せてくる。着物と草履に慣れるのは時間がかかりそうだ。

店で出された白湯を飲むと、ホッとした。


「ワタクシのおすすめを頼んでよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「では……、蜂蜜団子はちみつだんごを3人前。1つは土産用で。あぁ、蜜は月光花げっこうかから採れたものでお願いします」

(お土産用って、たぶん二郎さまへのお土産だよね。……私も買こうかな? お世話になっているし)


と、思ったが、


(いや、でも今日のお金は二郎さまから預かっているものだから、そのお金で二郎さまへのお土産を買うのは変だよね?)


 そんな考えが過ぎって躊躇する。

 悩んでいるうちに団子が来た。串に刺さった5本の団子には、満月みたいに金色の蜜がかかっていて、食べ物というよりは芸術品に見えた。


「ご、ごゆっくり」


 猫のような尾を持つ店員は、逃げるように花たちの席から離れた。


「……やっぱり私がここにいると変なのでしょうか?」

「いいえ。そのようなことはありません」


 梟は器用に羽で急須を持つと、花の湯呑みに白湯を足す。


「本当のことを言えば、あの者たちが恐れるのは花さんではなく、二郎さまなのです」

「え?」


 花はキョトンとした。

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