手紙 (2通目)



 拝啓、近衛二郎さま。


 突然押しかけてしまって、大変失礼しました。たくさんお世話になったのに、挨拶もなしに出ていくことを心から謝ります。本当に申し訳ありません。


 みなさんのおかげで私は元気になりました。もう動けるようになったので私は帰ります。


 どこの誰かも分からない私に優しくしてくれて、ありがとうございました。

 とても嬉しかったです。

 このご恩は一生忘れません。

 さようなら。どうかお元気で。












 もう帰るのか?

 忙しない娘だな。

……ん? この屋敷の出口を教えてほしい?

 かまわんが、こんなクソ広い屋敷を律儀に歩いていたら誰かに見つかるぞ?

 お前は、二郎たちに見つからずに姿を消したいのではないか?

……ふふ、どうやら図星のようじゃな。

 仕方ないのう。特別に我の力で駅へと空間を繋げてやる。

 この技は本当は苦手なのだが、今日は機嫌が良いのでな。


……ほら、出来たぞ。

 この歪みを歩いて行け。

 では達者でな












(次の汽車はいつ来るんだろう?)


 時刻表が無い駅で、花はぼんやりと思った。

 狭いホーム。青色のベンチ。古い屋根。

 消えかかった文字で書かれた〝月城町13丁目〟の看板。


 狐の力で駅に来てから、もう1時間くらい経っているが、汽車はまだ来ない。


(本当に不思議な町だわ)


 ここは昨日の駅に間違いないが、昨日とは違うところがある。

 線路の向こうの花畑は確かに一面に黄色い花が咲いていたのに、今日は黄色以外の多彩な花が咲き乱れている。この花畑は、1日ごとに景色が変わるのだろうか。もう2度と来ないから、永遠に分からないことだ。


(さて、これからどこに行こうかな)


 ベンチに座って水色のリュックを膝に置く。所持金はほとんど無い。


(だから働くしかないよね)


 本来なら中等部に通う年齢だが、兄がいなくなった日から登校していない。


(でも文字は書けるし、簡単な計算も出来るわ)


 それだけでも働き口はあるだろう。


(年齢は……、誤魔化せばいいか)


 たぶん大丈夫だ。そうしよう。そうするしかない。

 頼れる人は、もういないのだから。


「っ!?」


 花は息を呑んだ。突然、世界が青に変わったのだ。

 線路と花の間を、妖が通り過ぎていた。


(……魚?)


 その妖は魚に似ていた。ヒレを動かして宙を泳ぎ、体躯は手のひらサイズ。色はラムネ瓶のような半透明で、数は魚群と呼べるほど多い。


「きれい……」


何となく手を伸ばした。魚群の一匹に触ってみたくなった。


(あれ?)


 自分の手が目線が同じ高さになって、花は初めて知った。

 自分の手が、微かに震えていることに。


「やだ、どうして」


 声まで弱々しく揺れていた。


(大丈夫よ、花)


 きっと、何とかなるから……。




「その妖に触ってはいけない」




 必死に自分に言い聞かせている最中、後ろから静かな声が聞こえてきた。

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