ボツ話 77.砂丘の海岸
砂を踏みしめて砂丘の斜面を歩く。
入り口から見えた砂丘は見た目よりも傾斜があり、足の裏に砂が入り込む不快な感触に負けて、みるみるうちに足取りの重くなっていく章子は中腹で立ち止まると、砂漠のような周囲を見渡した。
砂漠のよう。そう。その表現が一番しっくりくる。
見渡す限りの大漠沙。
本当に、この果てしなく見える砂丘の先に海があるのだろうか? 波の音も潮の匂いも今の章子には届いてこない。
最初の丘を越えれば海が見えると思っていた。しかし、一つ目の丘の頂上に辿り着いても次の砂丘が姿を現しただけだった。
「一体どれだけ広いの? この砂丘っ」
「さあ? それはこの
章子の不平にも目もくれず、真理は
「真理はここに来たことがあるの?」
疲れた両膝に手をついて屈みこむ章子は隣の真理を見上げた。
主人から上目遣いをされた真理は海から吹く潮風に髪をなびかせながら、砂丘の背後で広がる松原とその先にある街並みを見下ろしている。
「一度だけ、ここの写真は見ました。私もそれだけです」
どこを見ているのだろう? 少なくとも街並みではない。
「真理って何でも知ってるように見えるけど、知らない事もあるんだね」
「当たり前でしょう。私だって人間ですよ」
「人間っ?」
「人間です」
断言する真理を胡散くさい目で見る章子は、屈んだ膝をしゃんと伸ばすと、次の砂丘を目指して斜面を下りはじめた。
「結局、真理は食事をしなくても生きていけるんだよね?」
「そうですね」
「呼吸も?」
「やろうと思えば」
「それで人間って言い張られるのはちょっと」
「それは差別ですか? 章子」
真理の冷たい視線に俯きがちな章子はそれでも上目遣いで会話を続けた。この砂丘の広さから気を紛らわせるには、誰かと会話することが最も効果的のような気がする。
「真理はわたしと会う前は何してたの?」
章子が訊くと、後ろをついてきている筈の真理から何も返答がなかったので振り向いた。
振り向いた先では真理が立ち止まっていた。立ち止まって、下り斜面からはもう見えなくなった町並みがある北の方角を再び見ている。
「いまさら私のことが気になりましたか?」
「……怒ってる?」
「わたしが怒りを覚えるとするならば、それは、あとほんの少しでも歩けば母と昇がいるのに、わざわざそんな話の長くなるような事をこのタイミングで吹っ掛けてきたのが理由ですね」
「もうすぐなの? あの丘を越えたらすぐ?」
「さて、どうでしょうか」
「真理は何年、生きてきたの?」
「あなたと同じですよ。十四年」
同じ十四歳。それにしては大人びすぎている。
そう思いながら、今度は先を歩きだした真理の歩調に合わせて、章子も後を続いていく。
「真理はどこに住んでたの?」
「真っ白い空間です。そこで母と姉と三人で暮らしていました」
「真っ白い空間?」
口で言われても想像できない。章子が首を傾げると真理は歩調を緩める。
「真っ白い空間の部屋としか言いようがない。そこで本でも広げると、いつでも
「やっぱり神様じゃない」
「どんな悲惨な出来事を目にしても、傍観しかできない者が神ですか?」
真理の突き放した物言いに、これは触れてはならない話題なのだと章子はやっと自覚できた。
「そんなにヒドイものを見たの? 戦争とか?」
「あなたが住む日本という平和なこの国にだって、目を背けたくなるような事ぐらい、いくらでも起こるでしょう」
……例えば事故、とか。
そこまで思い至った章子は、気が重くなって口を
章子はまだ新聞を読まない。読んだほうがいいのは分っているがテレビ欄しか読まない習慣を惰性で続けている。
「助けたいとか思わなかったの?」
「母から色々と言われてましたからね。それに力を持たせて貰ったのも、つい最近のことですし」
「なら、今は……っ」
「あの転星も造りだせないのに?」
真理が、松原と砂丘が左右から弧を描いて消えていく東の方角を指差して章子に向く。
「まだ雄姿は観えていませんが、あの母が創りだした
今の母なら全てが救える。
そう言って真理は背を向けたまま、また歩き始めた。海から吹く風に潮匂と波の音が乗った。
「それでも母はこの
「自立……」
二つ目の砂丘を登り、
「新世界転星より」の改稿前の文章や名称の修正、設定などのデータ保存場所 挫刹 @wie
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