2、ここは王宮の奥深く。

ここは王宮の奥深く。


涼し気なライラックと、水仙、青いヒヤシンスが咲き乱れる庭園を、ずっと行ったところ。


小川の流れこむ、大きな池があり、そのほとりでは白亜のあずまやが、まぶしい日差しを照り返している。


このあずまやは国王陛下と王妃様がごく親しい人とのみ、屋外でのお茶や、軽食を楽しまれる場所。


マーシアは小さなころからいままで、何度ここにお招きされたかわからない。


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「陛下と王妃様はまもなくいらっしゃいますので、お嬢様はしばらくお座りになってお待ちください」


紺色のワンピースに白いフリルのエプロンをつけた、十代後半ぐらいの可愛いメイドさんに勧められて、マーシアはベンチに座った。


真っ白なテーブルクロスのかかった丸いテーブルの上に、おいしそうなマーブルクッキーが置かれている。


メイドさんの白魚のような指が、ティーポットの持ち手を握る。


こぽこぽこぽという音とともに、空色のティーカップに飴色の紅茶がそそがれた。


「どうぞお気になさらずに、先にお召し上がりになっていてください、と陛下から言付かっております」


そういってメイドさんがいなくなってしまったので、気楽さから、マーシアはベンチの上のクッションによりかかる。


ドーム型のまあるい天井は瑠璃色に塗られていて、夏の星座が描かれている。


半年前に来たときは剥げかけていたのに、今はつやつやで、金色の星や星をつなぐ線や、星座の絵がくっきりと鮮やかだ。


「最近塗り直したのかしら?」

とマーシアはつぶやく。


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マーシアは大理石の柱のひんやりとした感触にうっとりとする。


ウエストをひねり池を眺めると、噴水の向こうにボートが浮かんでいた。


アイボリー色のスーツに蝶ネクタイをした、幼い貴公子が、ボートに乗っている。


クラーク王子のお兄様の王太子殿下の、12歳になられるご長男だ。


王太子殿下のご長男は、ガアガアと鳴いている、アヒルの群れに向けて大きく腕を伸ばす。


アヒルのくちばしに手がくっつきそうだ。


ボートからだいぶ身を乗り出している。


「あらあぶない」

とマーシアが思わず冷や汗をかいた時だった。


ボートに設置されたテントの陰から、ぬっと50代ぐらいの中年の男性が現れ、彼を抱きとめた。


ちゃんとおつきがいたようだ。


マーシアはほっと胸をなでおろした。


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「マーシア、久しぶりね。あら、素敵なワンピースね。とてもお似合いよ」


王妃様の声がして振り向くと、王妃様と国王陛下がマーシアのすぐ後ろに立っていらした。


白い肌に、真っ白な白髪で小柄で優しそうな陛下。


小麦色の肌に、とび色の髪、長身で大柄な迫力美人の王妃様。


王妃様は、もと女優だ。


身長は王妃様の方が高く、年齢も一回り違うのに、なぜかお似合いなのは、やはり国王陛下のもっていらっしゃる威厳と気品のなせるわざだろうか?


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マーシアはこの国のファッションリーダーである王妃様に服装を褒められたのを嬉しく思いながらも、

「ごめんなさい。私お池に見とれておりまして、お二人がいらっしゃったのに気が付きませんでした」

と謝ると、

「なにを言っているんだ。マーシアは余にとって、家族も同然だ。家族の間でそんな気兼ねはいらないよ」

とおっしゃってくださる。


お二人と一緒に来た、数人のメイド、ボーイが手際よく、サンドウィッチ、スコーンなどをセッティングし始める。


いつもながらの楽しいお茶会となった。


最初はお天気や、昨今のニュースなどの世間話だったが、次第に話題はマーシアの婚約者であるクラーク王子のことへと移り変わる。


「もうっ、本当に陛下は、あの子を甘やかしすぎですわ」

と王妃様。


「実は余もクラークのように、30歳ぐらいまでは遊んでいたのだ。だからあまり強く言えないのだよ」

と王様。


陽が陰り、空がうっすらとオレンジ色に染まった。


マーシアはそろそろおいとますることにした。


お別れする前に、お二人はマーシアにこうおっしゃってくださった。


「マーシア。本当に申し訳ないと思っているよ。

もし一年後にクラークが『料理研究家』として成功する見込みがなさそうならば、必ず連れ戻して、我が国で固い職につかせるから」

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