そんな顔をするな

白部令士

そんな顔をするな

 五年前、腐敗の息吹を放つ巨人がエメルの町を襲い、人や物を大いに腐らせた。巨人は居合わせた冒険者らによって討伐され、土地は清められたのだが、人々は、被害が甚大だった一地区を厭い近付かなくなった。

 その、放棄された地に戦士体の彼――ヤクラムが踏み入った。そして、少し開けた場で足を止める。そこには、多数の先客がいた。

「約束通り、一人で来たぞ」

 ヤクラムが声を張った。彼の視線の先には、武器をだらしなく帯びた十数人の男と一人の娘がいた。娘の――拘束された彼女の、責め苦に倦んだ顔に表情が戻る。

「ヤクラム。あぁ、どうして来たの。私のことなんて捨て置いていいのに」

「エマ。どうして、お前のことを放っておけるものか」

 ヤクラムと娘――エマは見詰め合った。

「この尻軽が。いい顔をしやがって。後でまた、たっぷり嬲ってやるからな」

 男らの首領がエマの頬を舐った。手下共が下卑た笑いをこぼす。

「タクラっ。てめぇ――」

「あん? 俺の女になにしようが勝手だろうが。ヤクラム、だったか? お前、ひとの女に手ぇ出したからには、解ってるよな?」

 言葉を吐きながら、首領――タクラが顎をしゃくった。造りはともかく、印象の悪い面をしていた。

「なにを言うか。お前は力づくで――。くそっ」

「力づくで、なんだって? こいつから、どう聞いたかは知らねぇがよ。この女はな、自分から股を開いたんだぜ?」

 タクラの笑いに、手下共が同調する。

「幼い弟と、老いた祖母を持ち出して脅しを掛けたんだろうが。下衆め」

「脅す? 知らんなぁ。俺はただ、坊と婆が身体無事でいられるよう祈っていると言っただけだぜ? ちょっとした行き違いで、なにがどうなるか分からねぇからな、ってな?」

「くそったれが」

 ヤクラムが得物に手を掛けた。

「おっと。抜くなよ? そいつは外して放りな」

 タクラがエマの髪を掴んで曳いた。エマが悲鳴を上げる。

「くそっ」

「ダメっ。聞いちゃダメ」

 エマが叫んだが、ヤクラムは剣帯から得物を外して石畳に放った。得物――直刀を。

「別に、お前一人どうとでも出来るんだがな。な、傭兵崩れ?」

「エマに手出しするな」

 言葉を押し出すヤクラム。確かに、彼は元傭兵だった。

「手出しするな、だってよ。立場が解ってねぇな。お前みたいなのを使う傭兵団などたかが知れているぜ。あぁ。だから潰れちまったのか」

 ヤクラムや属していた傭兵団のことを、どこかで聞き齧ったらしい。タクラは、掴んでいたエマの髪を雑に放った。

「確かに、俺は……だか……」

 ヤクラムの表情が歪む。

「エマに乱暴するな。俺は、大人しくする。俺は、もういい……」

 ヤクラムの言葉に、タクラと手下共が大いに笑った。

「本当に、どうしようもねぇ。この間抜け、のこのこと死にに出て来てよぅ。屠殺前の豚だって、もう少し頭使うぜ? 安心しろ。この女を、殺すようなことはしねぇよ」

 タクラがいやらしく笑った。

「ただ、他の男へと迷った咎は躰に刷り込んでやらなきゃならねぇ」

 タクラがエマの尻を揉んだ。

「やめろぉぉっ」

「喚け喚け。さぁて、お前が死に逝くさまを見せながら可愛がるのも一興だけどよ。俺も、部下の手前、自重せにゃならん。あぁ、残念なことだ」

 タクラが笑う。手下共も笑う。

「もう話すこともねぇだろう。こいつが二度と迷わねぇように、お前が死ぬさまをたっぷり見せてやりゃぁ、それで終わりだ」

「やめて。彼を殺さないで。私はなんでもするから」

「なんの寝言を言ってやがる」

 タクラがエマの頬を張った。

「よせ。俺は、どうなってもいい。だが、エマは放してやってくれ。頼む」

「放してやってくれ? 頼む? おいおい。この女は、俺のもんだって言っただろうが。お前は殺すが、こいつを手放したりはしねぇぜ? なにを勘違いしたんだかな」

 タクラが嘲った。

 その時。

 エマを拘束していた手下の頭部が――宙で踊った。石畳に落ちて、無様に跳ねる。

「馬鹿馬鹿しい。なにをやってるんだ、ヤクラム」

 そう言って、頭のない手下を剥がし、背後からエマを抱き寄せた者がいる。それは、鉄革の部分鎧で纏めた女戦士だった。冷めた目でタクラを蹴り転がす。彼女は、髪の一房を編んで青羽あおばを挿し、直刀を握り締めている。

「な、ゾマニィ……」

 ヤクラムが呆然と呟いた。

 そう、現れた女戦士はゾマニィだった。今はもう存在しないが、二人は同じ傭兵団に所属していた。少し前に町なかで遇っていて、ヤクラムは――逃げ出していた。

「先程の反応は、あんまりだったからな。ひとこと言いたくてついてきてしまった」

 ゾマニィが淡々と告げた。ゾマニィと顔を合わせたヤクラムは、慌てて背を丸め、道行く人に紛れたのだった。

「死にたがるな。……二番隊隊長でありながら、あの戦闘で早々に離脱したこと。あんたは、それを後ろめたく感じているんだろう? だが、自分の命を優先するのは仕方のないことだ。団長が無謀だった。うちの隊長も無謀だった。それだけだ」

 と、濃淡を抑えながらゾマニィは言い切った。

 村を守る為、下位とはいえ魔神が率いる魔物の群れと戦い、その末に傭兵団『青羽あおば直刀ちょくとう』は壊滅したのだ。ゾマニィの恋人だったビントも、戦闘で命を落としている。

 ゾマニィは、エマを放し、自分の背後に導いた。

(本当は、直近でなにか抱えているようだ、とヤクラムさんを心配したんですよね。もう、気になって気になって)

 と、どこからともなく声がする。これは、ゾマニィが携帯している銀の短刀に宿るオズティンのものだ。ゾマニィにのみ聴こえる程度の声を出している。

「うるさい。黙っていろ。傭兵団の皆を思い出して呑むやつが、欠けたり翳ったりするのが気に入らないと思っただけだ」

「なにをごちゃごちゃと。へぇっ。奴の、残念な傭兵仲間かい。随分とナメた真似をしてくれるじゃねぇか、おい」

 立ち上がったタクラが吠えたが、ゾマニィは相手にしなかった。手下共は、タクラの苛立ちに応えて次々と得物を手に取る、構える。

「ゾマニィ……」

 感情が溢れて、ヤクラムが顔をくしゃくしゃにした。

「そんな顔をするな。早く刀を拾え。その屑を刻んでしまえ」

「あ、あぁ」

 ヤクラムが自分の直刀を拾い、抜き放った。

 タクラがゾマニィとヤクラムを忙しなく見る。浮き足立った。

「調子こいてんじゃねぇぞ。おらぁっ」

 手下がゾマニィに躍り掛かる。が、あっさりと斬り伏せられた。

「今更だが。このゾマニィが、思い出を食んで助太刀する」

「うるせぇ」

「知らんわぁっ」

 別な手下共がゾマニィを襲う。しかし、これも呆気なく斬り捨てられた。

「人斬りは、領主に睨まれるのだが。ま、関連する依頼が上がっていないか、後で酒場や冒険者組合を回ってみるさ」

(いざとなれば、裏取引や捏造も出来ますし。そもそも、姐さんに追っ手を掛けたところで無謀無意味)

「うるさい。黙っていろ。捨てるからな」

 と、ゾマニィ。これにはオズティンが沈黙する。

「お、俺を敵に回して――」

「どこを見ているかぁっ」

 最後まで言わせなかったし、剣を抜かせもしなかった。いや、剣を抜く間は十分にあったのだが。ヤクラムが、タクラを斬り払った。

「うげぇっ」

「ハァッ」

 転がったところを、止め刺すヤクラム。ゾマニィの背から、エマが静かに見届ける。

「お頭ぁっ」

 手下共が喚いた。

「やべぇ」

 と、手下の二人がその場から逃げ出した。

 しかし。

 店舗だったと思われる廃屋を抜けようとしたところで、続けざまに啼き、絶命した。

「お前さんの読み通りじゃ。こちらに回り込んで正解じゃったの。儂の出番もあったわい」

 廃屋の陰から、寸胴の鎖帷子を革の部分鎧で留めた銀髪銀鬚のドワーフ――ゴイングードが現れた。血に濡れた戦斧を胸の前で構える。

「さ、皆殺しの時間だよ?」

 ゾマニィが下唇をちろ、と舐めた。

               (おわり)

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