第53話 潮騒ダンジョン⑬ 猪貝Side
湖にあいつが落ちた音が聞こえる。私の目には映りはしないけど間違いなくそうだ。
けど、私にできることなんて何かあるのだろうか――。
「でも、だからと言って助けない理由にはならないっ」
脳で考えるよりも先に足が自然と湖に向かって駆けだしていた。
そこまではよかった。
湖に近づいていくにつれてだんだんと足取りが重たくなっていた。体が自然にブレーキをかけていた。「湖は危険だ。入っちゃいけない」と。
でも、私はその警告を無視して無理やり湖へと入っていく。
まだ、私の足は思い通りに動いてくれていた。
でも、次第にあまりの水の冷たさや暗闇を進まなければならないという圧倒的な条件の悪さから、思考と行動が乖離して体が行くのを拒むかのように足が動いてくれやしない。
「なんで? 動いてよ。私の脚なのになんで動いてくれないの」
いつもは自分の思い通りに動いてくれる足が、ここぞとばかりに反旗を翻す。ただ、その行為自体は生物として命を守るという当然のことなのだから、だれも猪貝の現状を責め立てることのできるものなどいない。すべて“仕方がない”のだ。
だって、ダンジョン内は“自己責任”で、何よりも一番大切なものは自分の命なのだから。
「うっ。うわぁぁぁ」
自分の非力感が憎い。ここで前に進むことができたら、その時こそ本当の意味で同格、仲間になれただろうに、と。
ひざからガクリと落ち、脱力感に襲われる。ひざから下が湖に沈む。
――本当に終わりなの? せっかく勝ったのに?
だんだんと目の前の暗闇が私に迫ってきているような感覚に襲われる。
――もう、ダメだ。
思考を放棄しようとした。だってそれが一番楽だから。
あきらめの感情が心の大半を占め始めたとき、
「どうしたんじゃ? そんなところで? 早まったらいかん」
後ろから、じじくさい言葉遣いでありながら、少女の声が聞こえてきた。
幻聴かとも思える強烈な違和感は私の意識を、後方へと引っ張った。
そしていきなり出会った人に対していうことではないと思ったが、藁をもつかむ思いで声を発する。
「仲間がっ。湖にっ――」
混乱していて自分の思った言葉が出せない。嗚咽交じりということもあって完全に私の意思が伝わらない。それでも、何とか伝えようと湖の一点に向けて指をさす。
「ふむ。つまり、あのあたりにおぬしの仲間がいる。そういうことでいいのじゃな?」
なぜ理解できたのかはわからないが、私の言わんとしたことは伝わったようだ。
「ならば、助けてやろう。なぁに、ここはわしの庭じゃからな。しばしまっておれ」
するとその少女は、
「【氷魔法】。
すると、手から白い風が噴き出たかと思うと、
「うむ。これで、いいじゃろう。おぬしも付いてくるがよい」
氷の道を進む少女。私は、指示通りついていくことしかできなかった。
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