第52話 潮騒ダンジョン⑬

ギェェェェ


 ヌシは大きくうめき声をあげたかと思うと体表が光り始めた。


「よしっ。体が光ったってことは――」


 いつもモンスターを倒した際には光っていた。ということは、今回もおそらくヌシを倒したことを意味する。でも、そこでやばいことに気が付く。


「このままだと俺、沈むんじゃね?」


 光が消える前に急いで沈みゆくヌシを蹴り、高くジャンプする。


「猪貝。足場を頼むッ」

「えっ? はっ? あっ。いきなり言われてもむりぃ」

「えぇぇぇぇ」


バッチャーーン。


俺は重力によって勢いよく水面に叩きつけられ、そのまま湖の中へと沈む。


――やばい。めちゃくちゃ寒い。


 水中では【反響定位】も使えないから完璧な暗闇が訪れる。底がどこまで深いのか? はたまたないんじゃないかと錯覚するくらいの暗闇は俺に恐怖となって立ち現れる。

 だんだんと冷たさから体の末端から順に感覚が失われていく。最初は指先。そして腕、そして体。最後に脳と――。


 俺の意識はここで途切れた。


◎ ◎ ◎ ◎


目を覚ますと、俺はベッドの上にいた。


――死んではない、のか? そしてここはどこだ?


 先ほどまでダンジョンの、しかも湖の中にいたのにこんなところにいるだなんて、何が何だかわからない。


――とりあえず、現状確認だ。


 とは言っても今、見える景色は、素朴なランプのみ。天井から吊るされたランプは優しく、暖かな光を灯し見ているだけで落ち着きを得ることができる。


――よくある病院の天井ってわけじゃなさそうだな。

 でも、俺はさっきまでダンジョンにいたはずだ。なのになんでこんなところにいるんだ? 誰かが俺を運んだとか? 猪貝が?


――っていうか猪貝はどこに行ったんだ? 


ガバッ


 俺は勢いよく起き上がった。かかっていた布団が勢いよく足のほうへとめくれ上がる。


「猪貝っ」


 起き上がると、すべてがよく見えた。ここは小さな部屋で木造の家だ。窓は閉まっていて外は確認できない。

 おいてあるものや、机の上にある一つだけのコップや、今俺がいるベッドの状態から、この家の主は一人で暮らしている人間なのだろう。

 でも誰もいないからここがどこで、どんな場所で誰の家なのか、何の情報も得られやしない。


「誰かいませんか? 誰か?」


 シーーン。


 誰の返事も帰ってこない。自分の声だけしか聞こえない空間というのはどこか寂しいものがある。


――だったら、自分で動いて探すしかないか。


 とはいえ、この家の扉は一つだけなので、そこから外に出てみるとするか。

 ベッドから降りようとすると、なんだか体が重く、自分の思ったようには動かないものの、何とか動かして、扉まで到達する。


 ガバッ。


「――ッ⁉、猪貝っ」

 扉を開けると、ちょうど戻ってきたのだろうか、なにかを抱えた猪貝と出くわした。

 俺は久方振りの再開に歓喜の声を挙げた。が、俺とは対照的に猪貝のほうはどことなく険しい顔をしている。


「なんでそんな顔をしてるんだ?」

「――変態」


――は? どういうことだ? ここには変態なんていないぞ?


「とりあえず、わしの目の前にある汚らわしい、貧相なものをどけるんじゃな」

 声が聞こえると思い下に目を向けるとそこには謎の少女の姿があった。

 その少女は顔にあどけなさを残しつつも、どこか大人びていて不思議な雰囲気をまとった少女であった。


 そして下を向いたタイミングで、やっと自分が裸だということに気付いた。


「もしかして全部見えてます……?」

「もしかしなくても、じゃな」

 その少女は顔に似合わず爺さんみたいな口調で、こう返す。

 そこには呆れと、ほんの僅かの侮蔑というスパイスが含まれていた。


 猪貝のほうにも確認を取ろうと思ったが、その前にビンタを食らってノックアウト。再び俺に闇が訪れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る