第51話 潮騒ダンジョン⑫

「【魔空壁】ッ」


 猪貝は、遠くから飛んでくる水魔法をガードで防ぎ、【脚力強化】でうまく回避する。ただ、回避しているだけで何かダメージを与えているわけではない(正確には回復阻害でダメージはほんのわずかに与えているが)ので、いずれMPを消費しきったら、それで終わりだ。


「早く対策を立てなければ――」


 もう一度だけ温度を度外視して水の中に入るという作戦を考えたがそうもいかなくなった。

 というのも、ヌシが水魔法のほかにもう一つ魔法を使っていることが判明したからだ。

 その魔法が【雷魔法】だった。ヌシは湖の水を介して俺たちに雷撃を与えるいわばトラップを作り出したのであった。


「水の中もダメってなったら、いよいよ空中戦か?」


 とはいえ、俺が持ってるスキルの中で空中戦に持っていけそうなのは【跳躍強化】くらいしかない。


「【跳躍強化】で行ける最大の距離はおそらく3メートル。そしてあいつのいる場所が15メートル先くらいだろ? 無理だな」


 なにか、足場が、片足で乗れるくらいの足場さえあればどうにかなるのに――。

 空中に出せる足場くらいの大きさのものが――。


俺が思考の波に捕らわれそうになっていると猪貝の声が響く。


「【魔空壁】ッ」


――ん? 魔空壁? もしかして?

うまく使えばいけるんじゃないか?


「そ、れ、だっ」

「なに? いきなり? そんなこと言ってないで……」

「それだよ。それ。それがあったじゃん」

「何のこと?」

「【魔空壁】だよ。それを俺の足元に使えば――。いける。いけるはずだ」


 俺の頭の中には【魔空壁】を足場にしてヌシのもとへと到達する。そんなビジョン

が描かれている

 でもその作戦が成功するためには一つだけ問題がある。


「私にうまくできるのかしら?」


 そうだ。猪貝がちゃんと俺の足場に【魔空壁】を出せるのか? ということだ。

平常時なら使いこなせているこのスキルだって、暗闇で見えないというシチュエーショ

ンでうまく俺に合わせることができるのか? はたまた俺が合わせることができるのか?

 この作業には技術、というよりむしろ信頼が必要になってくる。


「でも、やるしかないんだ。やるしか」

「わかったわよ。でも、万が一があったら責任は取れないわよ」

「じゃぁ、行くぞッ。【跳躍強化】っ」


 俺は地面を蹴り湖に向かって跳躍する。湖に向かって飛んでいくというのはなんとも不

思議な感覚だったが、一方で謎の爽快感も感じられた。


「【魔空壁】ッ」


 俺の足元に魔空壁が生じる。俺はそこにうまく着地すると、再び同じことを繰り返す。

 そして、あともう一回飛べばヌシに攻撃を当てられる場所まで到達した。

 そこから高く跳躍し、ヌシのいる場所に向かって一直線で向かっていく。

 もちろん狙う場所は一つ。ヌルヌルのない目の部分と、そして口の部分だ。


「ただ、そのままの攻撃じゃダメなのは知ってるからな――」

「【分裂】と【脚力強化】だぁぁ。高さ×スピード×エネルギー×2の攻撃を食らってみやがれぇぇ」


 【脚力強化】にはもう一つ意味がある。【水魔法】使う以上のスピードで奇襲を成功させるという意味が。今回の攻撃は一度きりの奇襲だ。だからこそなんとしても成功の可能性を上げなくちゃいけない。


 そして運がよかったことが1つだけある。それはヌシの左目を攻撃し、追加で【回復阻害】をかけておいたことだ。そのおかげで、ヌシはちょうど俺の姿を見失ったらしく、奇襲を成功に導いてくれた。


 ザシュゥゥゥッ。


 勢いよく刺さった短剣にひるむヌシ。

 その隙に俺は何度も同じ場所に短剣を刺した。

 


――【反響定位】で見える景色に色がついてなくてよかった。見えていたならば、湖が血の朱で染まっていたのが見えただろうから。

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