第48話 潮騒ダンジョン⑨

「近くで見るとこいつのでかさがより一層際立つな」


 見上げなければ、拝めない。それほどの大きさだ。

 しかも体が長いせいで、いまだに半分ほどは水に浸かったままだ。


「これだけでかいんだったらさ、攻撃当て放題じゃないの? しかもわざわざ陸に出てくるだなんてさ」


 なんて言いながら再び弓を構え、ヌシのほうへと構える。今度は的が定まっているから一本だけしか放たない。その分、弦をぎりぎりまではって力強い一発を主に向かって放つ。


 矢は、ヒュンっと音が鳴ったかと思えば、まっすぐに進む。残像がまるで飛行機雲のようにきれいな直線を描いて、ヌシへと向かう。


「ほら、こうしたら楽勝よ」

「そんな一筋縄でいくわけが――」


 だが、ヌシは先ほどのように矢の攻撃を防ごうとするそぶりすら見せない。ただ、悠然と構えるのみで特段何かしようともしない。――ダメージを受けないことを知っていたみたいに。


 矢はヌシの体へと着弾する。ヌシの皮膚に対して垂直に。

 普通だったらそのまま刺さってダメージを与える。はずだった。


 まっすぐに進んでいたはずなのに、その瞬間、ベクトルを変更し体に沿うようにして矢が滑らかに流れていく。

 そのまま違う方向へと進んだ矢は、そのまままっすぐ飛び続け、壁へと突き刺さり、その運動を止める。


「どーいうことよ……?」


 猪貝は自信満々だった分、ダメージを与えられなかったという事実を認めたくないようだった。


「多分だけど、こいつも俺と同じで【ヌルヌル】を使ってるんじゃないか?」


 そうだ。ヌシのあの皮膚のテカテカを俺は知っている。というかさっきも使ったばっかりだ。


「となると、ヌルヌル勝負ってことか?」


 とはいえ、【ヌルヌル】は結構使ってるおかげで弱点知ってるし、対策はすぐにできるんだよな。


「【炎魔法】ッ」


 【ヌルヌル】は耐熱性はあっても、耐火性がないから【炎魔法】を使えば簡単に解除することができることはわかってる。


 ただ、炎魔法が、いつもよりも勢いが弱い。


「なんでだ? ――もしや」


 失念していた。ここは、全体的に湿度が高いということを。

 今までよりもずっと高い湿度によって俺の炎魔法が真価を発揮でいない可能性を。


「なら、【風魔法】を追加して、さらに火力を上げるだけだっ」

 

 弱々しく感じられた炎が、さらに広がり、ヌシの体全体を覆い始めた。が、その瞬間、ヌシの目の前に何らかの紋章が浮かび上がったかと思うと、何もないところから水が勢いよく出てくる。


「――ッ。【水魔法】かっ」


 先ほど湖の中で矢を吹き飛ばしたのも、【水魔法】だったのか?


 俺の炎とヌシの水が、俺とヌシのちょうど真ん中あたりでぶつかり合う。が、もちろん炎は水にはかなわないので最終的に俺の炎が消え、ヌシの【水魔法】が俺の体に到達する。


「さすがに、陸と言えど、ヌシの土俵ってことか。ウナギのくせに。くそっ。少し油断してたな」


 さすがにどうしようもないとあきらめ、攻撃を受け入れようとしたその瞬間。


「【魔空壁】ッ」


 猪貝の叫ぶ声がかすかに聞こえた。

それとほぼ同時に俺の目の前に透明な壁が生じ、俺を攻撃から守ろうとする。が、勢いよく、連続して向かってくる水攻撃をすべて防ぐことは叶わなかった。


「ぐっ――」


 こうして俺は久しぶりにダメージを負ったのと同時に、初めての敗北を味わうことになったのだった。

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