第40話 潮騒ダンジョン①

「うっわ。かなり暗いな」


 門の周りは非常に明るかったために、門付近のダンジョンの構造や、材質などの確認ができた。

 だが、その光の届かぬ場所――、距離にしてみれば5メートルくらいだろうか、を確認することは叶わなかった。


「こんなダンジョン初めてだわ……」

「もちろん、俺もだよ。こんだけくらいと何も見えやしないな」


 ただでさえ危険が多いダンジョンで五感を研ぎ澄まして常に気を付けなければいけないのにその中で一番俺たちが頼りがちな視覚を封じられてしまったら、どうしようもない。


「スキルポイントで何かいい感じのスキルとかないの?」

「あるにはあるけど……、【暗視】っていうのが。ただね――」


――――――

【暗視】


 暗闇の中であっても日中と同じように人やモノなどを見ることができる。そしてこのスキルを使っている間はMPを常に消費しており、その消費量はスキルレベルに反比例して減少していく。ただし、相手が【透明化(ステルス)】を使っている場合には見ることはできない。

――――――


「ただ?」

「この前スキル入手したときにスキルポイントを使いきっちゃった」


 と言ってから頭をこつんと軽くこぶしで叩いて、ベロを出し「てへっ」とかいうそぶりをしてくる。少し腹が立ったけど、俺は何もしていないので責める理由もないと思い、「そうだな」とだけ返しておいた。しかもよーーく考えてみれば、猪貝が【暗視】をとったところで俺が使えるわけでもないから聞いた俺に非がある気がする。


「そしたら、俺たちができることって、これくらいしかないのか」

 

 俺は人差し指だけをたて、モンスターがいたとき対策で、猪貝にも聞こえないくらい小さな声で

「――【炎魔法】」

と唱える。


 すると指先に小さな炎がボウワッと灯り、指先がほんのりとオレンジの優しい光で包まれる。ただ、あたりを照らすにはあまりにも弱すぎて、松明の役割を果たせなさそうだったので、解除して火を消す。


 今度は左手の手のひらを天井に向けて広げてから

「【炎魔法】ッ」

 と唱える。


 今度は手のひらに炎の塊のようなものができて、先ほどよりも力強く灯る。

 先ほどよりも強い炎は光のみならず、熱を生み出し、俺の体へと熱を供給する。

 このダンジョンの中は普段潜るダンジョンよりも幾分か気温が低いためか、その温かさが妙に心地よく感じられた。


 そしてその明かりは俺と猪貝の顔を照らすにとどまらず、ダンジョンの天井、壁をくっきりと俺たちに見せてくれる。先ほどまでの暗がりでは確認できなかったが、ダンジョンの天井から水がしたたり落ちているのが確認できた。


「さっきから聞こえていたピタピタって音はこれだったのか」

「なんか暗い所から聞こえていたからてっきり幽霊かと思ったわ……」

「なんだぁ、幽霊が怖いのか。うらめしや~っとかやってみたりして」

 俺がそう言いながら手を下に垂らして幽霊のようなポーズをとってからかうと

「ひゃぁぁぁぁ」

 と猪貝が甲高い声を出して怖がる。そしてその声はダンジョン内で反響し悲鳴が何度か繰り返され、長い時間残り続けた。


「ごめん。ごめんってばぁ。幽霊なんていないってば。だから行こう」

「ほんとぅ?」

 半分啼きそうになりながら弱弱しく確認してくる。


「ほんとだって。いてもほら、俺が倒すから。な」

 剣を腰から引き抜き目の前で見えない何かを斬るそぶりを見せ、

「ほら、こんな感じに幽霊だって切ってやるから」

 と怖がる猪貝を励ましたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る